インヴィンシブル級減速装置の謎

Blueforce2008-03-16

実は、早々に可変ピッチプロペラについての後編を書こうと思ったんだけれど、先日某エロイ人方面から突っ込みどころ満載とのご指摘を受けたので、関連する記述について先に補足を書かせて頂く。
すでにあたご事件とはまったく関係ない話になり果てているのだが、当カテゴリはあくまでも表題通り「艦艇のメカニズム」というテーマで解説を行っていきたいので、時系列の進行からは完全に脱線するうえに、推進システムについてある程度の知識がない人にはまったく理解できない記事になってしまうが、前回のエントリを受けてどうしても言及せずには通れない事項について、簡単に触れておきたい。
今回は偉そうに上から目線での講釈編ではなくて、謙虚に、私が今まで疑問に思いつつも見ないふりをしてきた問題提起編?とも言うべき内容のものです。また、ちょっとずるい言い訳になるが、専門家でも何でもない私としては、特に蒸気タービンについてはすでに軍艦では「終わったテクノロジー」(またそういうことを言うと怒る人がいるかもwwww)と思って見ないようにしてますので、こちらのジャンルについての解説がかなりいい加減になるのをご勘弁頂きたい。あればっかりは・・・操縦室で横から見ていても、どうやって操作するのか全然わからないんですもの・・・ボロが出るから、単体で語ることは絶対にしないつもりなんだけど、どうしてもガスタービンとの対比で取り上げざるを得ない時があるんで・・・
というわけで、ここからが本論。

1980〜85年に3隻が就役し、1番艦インヴィンシブルHMS Invincible R05がフォークランド紛争で名を馳せたイギリス海軍インヴィンシブル級*1は、ハリアー垂直離着陸戦闘・攻撃機を搭載した軽空母だが、機関はオリンパスTM3Bガスタービン4基を搭載し、アメリカ海軍のタラワ級強襲揚陸艦8番艦、マキン・アイランドMakin Island LHD-8が就役するまでは世界最大のオールガスタービン推進艦でもある*2

一連のPhotoは、1997年に晴海に来航した2番艦、イラストリアスHMS Illustrious R06の姿。同年7月の香港の中国への返還を控えて、同艦を旗艦とした極東ツアー"Ocean Wave97"を編成し、初来日した際の撮影で、5月31日から6月9日まで停泊し期間中には一般公開も催されたが、確か土曜出勤かなんかで行けなかったんだよなあ・・・今だったらそんなもん余裕でブッチぎるところだが、当時はさすがに言い出せなかったのです・・・あ〜一生の不覚!!!! というわけで、岸壁から見たカットしかないのだが、一応紹介。手前に写っているのは言わずと知れた(?)当時の愛機アフリカツイン。昔はバイクでも車で普通に岸壁まで乗り入れてこんな写真が撮れたのである。あ〜いいね〜アフリカ、また乗りたいね・・・

通常形航空機を運用するため発艦用スチームカタパルトを装備する在来形空母は、このカタパルトに使用する蒸気を調達するために現在に至るまで蒸気タービンを使用するのが定石である。空母と言っても、現在ではほぼアメリカが建造を独占しているものなのだが、数少ない例外であるフランス海軍のシャルル・ドゴール級もスチームカタパルトを装備するため、推進方式は蒸気タービン・・・といっても、タネをあかせば皆さん想像がついているかと思うが原子力推進なわけである。これは、飛行機の発艦のためには大量の蒸気が必要*3という、軍艦としてはかなり特殊な空母ゆえの事情と、艦隊の頂点に立つ巨大艦としてのライフサイクルコストを検証した結果*4の合理的な選択であるのだが、カタパルトを必要としないハリアーを搭載する同級では、大量の蒸気供給源としての蒸気タービン機関の必要性はなくなり、タイプ21級フリゲイト、タイプ42級駆逐艦でのガスタービン搭載実績をふまえて、主機にガスタービンが採用された。オリンパスはこれも当日記では何度も述べているが、海自初のオールガスタービン推進艦である「はつゆき」型*5をはじめ「いしかり」型*6、「はたかぜ」型*7にも搭載されている、スペイ以前の代表的なロールスロイスガスタービンエンジンで、元はコンコルドにも搭載*8されたジェットエンジンからの転用形である。

カタパルトを装備する必要のない理由(=ひいてはガスタービン採用の遠因となった)である、右舷艦尾に駐機する搭載機、801NAS(Naval Air Squadron)所属のシーハリアーFA.2(ZE693)。もともとFRS.1として生産された機体であるが、1995年にAIM-120アムラームの運用能力などを付加された改良形であるFA.2仕様に改修されている。左下に見えるのは近接防御兵器、ゴールキーパー30mmCIWS。現在、ブルービクセン対空レーダーを装備した艦上形であるシーハリアーは全機退役し、同隊はそれに伴って2006年3月一度解散した後、10月に陸上形の最新バージョンであるハリアーGR.7およびGR.9を受領して再編成、現在空軍との統合運用部隊として運用を行っている。
オリンパスの出力は資料によっては9万4,000馬力〜11万2,000馬力、またその中のいくつかの数値と違いがあるのだが、1基あたりの出力は最小の前者では2万3,500馬力、最大の後者では2万8,000馬力となる。「はつゆき」型での出力は2万2,500馬力なので、実態としては前者が正確な数値に近いのではなかろうか。4基とも同機種なので方式はCOGAGとなり、4基運転で最高速力は28〜30ktと言われる。速力については、いかにハリアーといえども少しでも発艦時に合成風力を稼げた方がいいから、空母としてはとにかく速くなければ話にならない。この辺が、揚陸艦として要求される最高速力が22ktとあまり高くないワスプ級や、補給艦のサプライ級、海自「ましゅう」型などに比べ、エンジン4基搭載で10万馬力という異例の大出力が要求される所以でもある(ワスプ級ハリアーを搭載する以上はなるべく高速力が発揮できた方がいいと思うのだが・・・まあ、そうは言っても6基搭載で15万馬力というわけにもいかないかw)。
で、ここからがいよいよ核心なのだが、同級のスクリューは固定ピッチなのだ。これも、当日記では何度か触れてはいるはずだが、ガスタービンエンジンは逆回転ができない、それをピッチを逆転することで進む方向も逆にすることができる可変ピッチプロペラと組み合わせないので、バックギアを持っているという説明をしたことがあるが、それ以上は資料がないこともあって深くは追求しなかった。だが、今回ガスタービンエンジン原論wを書くにあたって、極低速での回転についての説明とこの艦の存在が明らかに矛盾しており、そこを避けて通れなくなってしまったのだ。
またボヤキになってしまうが、あれだけ軍艦軍艦と騒ぐ連中がいるくせに、推進システムになると誰も関心がないようで、資料も何も見つからない。ま、その分趣味界では第一人者になることができる可能性があるわけで・・・頑張ってやってますけど、「ガスタービン艦には可変ピッチプロペラが必須」と書いておきながら、固定ピッチプロペラを持つ艦の存在をどうやって説明する??

この点はしっかり押さえておきたいのだが、軍艦の推進システムといったって、現代科学で説明のつかない波動エネルギーや反陽子エンジンwで動いているわけでは決してない。そこには、すべて理屈で説明の付く、しかも概念だけなら数式などを使わなくても理解できる、現代科学の枠内でのデバイスが使われているはずだ。ならば、微速航行時のスクリュー回転数と、オリンパスのストール寸前の回転数の差を減速比で割ると・・・そこには、ガスタービン機関の必然として減速装置が必ず存在するはずなのだが、すでに可変ピッチプロペラ艦での最低回転数を明らかに下回る数値を出すためにどうしたらいいのか・・・と、自分で先日のエントリを書きながら気がついたのが、それを実現する機構はひとつしかない。すなわちトルクコンバータ(液体変速機)である。
「鉄道用のものは、せいぜい2,000馬力級の容量」とは書いたものの、鉄道用でなければもっと大きな容量のものができるわけだ。というわけで、仕事もせんと文献漁り・・・実務者でもないのに、ここまできたらしょうがないから買ってきましたよ、

ガスタービンの基礎と実際

ガスタービンの基礎と実際

それを見ると・・・あったあった!「流体接手付逆転減速歯車」という説明が、図といっしょに。しかし、これで疑問氷解かと思いきや、付帯説明を読むと疑問が全部解決したわけではなく・・・この説明には文章ではあくまでも「逆転」機構としての役割しか触れられていないのだが、要するに前進低速および後進には「流体接手」を用いて無段変速ができるということなのだろうか? トルコンは当然パワーロスが発生するため、通常の前進には直結のギアがあってこちらを同期クラッチで接続する機構になっているらしいが・・・
もう一つの大きな疑問は、なんで素直に可変ピッチプロペラを採用せずにこんな複雑な変速機構を採用したのだろう、ということだ。ガスタービンを採用したことで、蒸気タービンに比べ大幅に機関科要員が削減できた、というのはまあ当然のことである。が、1番艦の起工は1973年7月、すでに可変ピッチプロペラは珍しいものではなく、タイプ21級・タイプ42級にも採用例があるのに、なぜ・・・???
空母として、信頼性を重んじたというならば、こんな複雑な減速(変速)装置の方の信頼性はどないやねんと小一時間問い詰めたい(古っ!)強いて言えば、当時COGAGでの10万馬力、2軸艦だから1軸あたり全負荷では5万馬力のパワーがかかるのが可変ピッチプロペラには未知の条件だったということはあるかも知れないが・・・しかし、それを言うなら5万馬力の入力に耐える流体接手があるのだろうかというのもある(先日同じことを述べた通り、前進低速・後進時のみの使用であるなら10万馬力ではなく部分出力ではあるが)。
恐らく、日本語での文献やネット上の資料ではこれ以上の解説や、真相に触れたものはないだろうなあ・・・その頃のジェーンでも持ってくるか?
・・・ま、ここまで読んでる奴はおらんわなwwww

*1:1番艦は2005年に退役

*2:追記 ウソです 本文中にも挙げた通りサプライ級高速戦闘支援艦の満載排水量4万9,000tが存在する

*3:今後建造されるアメリカ海軍の次世代空母、CVN-21ではリニアモータ技術を応用した電磁カタパルトが実用化される見通しで、インヴィンシブル級とは事情が異なるが同じく蒸気供給源としての蒸気タービン機関の必要性はなくなった

*4:アメリカ海軍内部でも、空母が原子力推進なのが経済的に合理性があるものなのかどうかは常に議論の的となっており、必ずしも原子力が有利というわけではない、むしろ退役後の原子炉の処理・廃棄などのすべてのライフサイクルコストを計算に入れれば却って高くついているという主張もある

*5:巡航用タインRM1Cと組み合わせるCOGOG方式

*6:巡航用6DRVディーゼルエンジンと組み合わせるCODOG方式

*7:スペイSM1A2基と組み合わせる異機種COGAG方式

*8:元来は有名なVボマー3機種のうちのバルカン爆撃機に搭載されていたもの