ジブラルタルの踏切

North view of Gibraltar

本隊の掲示板に、普天間の滑走路の真ん中で撮った写真を貼ったので、ついでに思い出したことをひとつ。
かつてジブラルタルに行った時、世にも珍しい滑走路の踏切というのを体験したことがある。パリから夜行タルゴでマドリードに着き、AVEでコルドバに、そこから乗り換えて2時間ほど、ヨーロッパ最南端の駅、アルヘシラスに到着した。さらにフェリーに乗りジブラルタル海峡を渡り、モロッコはタンジェで一泊、本筋がヨーロッパ鉄なので翌日スペインに戻ってきた。
さて、アルヘシラスに着いたのは午後遅く、駅からほど近い大通りのバス停からラ・リネアという所行きの路線バスに乗る。ガイドブックにはジブラルタルへの行き方はそう書いてあるのだが、バスも地元の人しか利用しないような田舎のローカル路線、外国人など一人もおらず、すでに外は薄暗くなって心細いことこの上ない。おまけにラ・リネアという所がどこなのか、地図には一切記入はなく、そこからジブラルタルには具体的にどう行けばいいのかもいっさい書かれていない。
30分ほど海沿いの道をガタゴト揺られ(真鶴辺りの雰囲気 バスの車内も妙に日本風の造りで、ヨーロッパには珍しく日本の海岸沿いの田舎道を走っている錯覚にさえ陥る)、着いたラ・リネアは何の変哲もない団地の真ん中だった。それも、スペインらしからぬ純日本風の無味乾燥な建物が並ぶ大きな規模のニュータウンといった趣(アルヘシラスはすでにアフリカの匂いが色濃い街だったので、なおさら場違いな印象)。バスはそのど真ん中、コミュニティセンターのような建物の前にあるターミナル、というより単なる終点のバス停に停まり、そこでおしまい。ジ、ジブラルタルはどこ・・・?すでに周囲は真っ暗、団地なのに人っ子一人見あたらず、誰に道を聞くこともできない。
と、遠くに何やら赤い光に照らされたデビルズタワーのような奇怪な山容の山が見えた。あ!あれがジブラルタルのシンボル、アル・ターリクの山か。あっちを目指して歩いて行けば・・・と、トボトボ歩くこと10分ほど(その間看板などはほとんどなく、徒歩で入国する人間のことはまったく考慮していないことがよくわかった)、ジブラルタルの国境検問所が見えてきた。
さて、日本人ゆえ夜にフラフラと現れた怪しげな人間もろくに見ることなく通されたが、地図を見るとジブラルタル市街地はここからさらに3〜4kmほど、重いバックパックでここまですらヒーヒー言って汗だくで来たのに、どう考えても歩けるわけがない。大体この先は真っ暗なのである。何ここ?滑走路?今回の旅はイギリスから始まったので、ポンドの持ち合わせはあるものの、それを使えるバスは(これがなんとロンドンバス)時刻表を見るととっくに終わってしまった。タクシーも一台も見あたらない。検問所の係官に聞いてもまったく助けてくれる気なし(ま、仕方ないが)。とにかく、徒歩でのアクセスをまったく無視しているのである。
あらゆる可能性を考え、こりゃヒッチハイクしかないか、と決心を固めるまで30分ほどが無為に過ぎた。早く風呂入って寝たい・・・と、一台の車が目の前に停まった。20代前半のアングロサクソン系の兄ちゃんが「乗ってけ」という。有り難く乗せていただいたが、やはり思ったより距離は長く、とても歩ける距離ではない。しかも、走り出してすぐになぜか踏切が。なんと道は滑走路を横切っていたのだ。
地中海の入口という要衝中の要衝にあって、冷戦も終わり海外領土もあらかた手放した現在では昔ほどの重要性はなくなってしまったので、ジブラルタル空軍基地、RAF Gibraltarにはすでに常駐部隊はなくなっており、イギリス本土との間の民間機が発着する空港としての役割が主になっていた。しかし、東側にアル・ターリクの山が屏風のようにそびえる猫の額のような土地(面積は5.8平方kmとのこと)、ジブラルタルには長い滑走路を敷けるような土地の余裕はない。というわけで、スペインとの国境のすぐ南側に、まるでこれが国境線でもあるかのように東西に横切る形で敷かれているのである(しかも、西半分は海に飛び出している)。離着陸もそれほど多くはないので、BAe146などが駐機している旅客ターミナルとタワー脇の遮断機が閉まる機会はそれほど多くはないが、遮断機横に立っている警告の看板にはさすがイギリス、ハリアーの絵(しかもGR.3)が描いてあった。ここをロンドンバスが通って行く。すでにアフリカに片足突っ込んでいる「文明の交差点」である。なんじゃここ?
Photoはアル・ターリクの山の北端から見下ろした国境とその手前の滑走路で、奥に広がるのがラ・リネアの市街。国境検問所は左寄りの茶色い建物が集まっている右下にあり、そこから左斜めに伸びている道路がジブラルタル市街に通じる唯一の道が滑走路を直角に横切っているのがおわかり頂けると思う。