ガスタービンエンジンとは

Blueforce2008-03-15

あたごが可変ピッチプロペラかどうかでずいぶん盛り上がったようだが、「多分」とかでなくて疑う余地なく可変ピッチです。
というのは。
以前に書いたことの重複となるが、このカテゴリで括ったことで改めて初出の資料として検索にかかることもあるだろうから、最初から書いてみる。まず、現代の船舶(艦船)のエンジンだが・・・
一般的なエンジンの種類としては、皆さんもすぐに想像がつくだろうディーゼルとなる。これは改めて説明不要、自動車用よりはずっと排気量もシリンダ数も多いが、原理はまったく同じでとりたてて珍しいものではない。

▲川崎MAN V6V22/30mALUディーゼル機関
ディーゼルは低質の燃料でも動き、経済性に優れており、機種も豊富な既存のラインナップから目的や大きさに合わせて選べ、パーツも豊富に出回っているしメンテナンスも高度な技術は必要ないため、大多数の商用船舶が採用しているが、絶対的な出力は低いため(蒸気タービンなどと同等の出力を実現させようと思えば機関がどんどん大きくなる)、30ktなどという高速力が必要でコストは(ある程度)無視できる軍艦、水上戦闘艦には昔から蒸気タービン推進が採用されてきた。やかんの湯気と同じ、燃料を焚いてボイラーで湯を沸かして作った高温高圧の蒸気を、巨大な羽根車であるタービンに吹き付けて軸を回す方式は、往復運動機関であるディーゼルよりも高い出力が得られるが、高エネルギーを取り出す代償として燃費は悪く、タービンの製作には高い精度が要求され保守には手間がかかる。戦闘艦に使うには、お湯が沸かなければ蒸気が発生しないので即応性に劣る(現在も残る蒸気タービン形護衛艦ではおおよそ出港の4時間前にボイラーに火を入れなければならない 1時間後に出港!という指令が下っても無理)、回転の調節・増減が難しいため、すなわちスクリューの回転=速力調節に時間がかかるなどの欠点がある。
戦後、航空機の世界では急速にジェットエンジンの導入が進んだが、この小型軽量でそれに比して出力の高いパワープラントを、船舶に応用できればと考えるのは当然のことで・・・ここでガスタービンエンジンの船舶への応用の課程を書き出すとそれだけで何万字にもなってしまうので、導入がすすんだということにしておいて、大形水上戦闘艦で実用化したのはアメリカ海軍では1975年(ネームシップ)就役のスプルーアンス級、海自では1982年(同)就役の「はつゆき」型からだった。以降、一部の東側艦艇や原子力空母などを除き、ほとんどの水上戦闘艦がエンジンにガスタービンを採用している*1
ガスタービン」・・・という言葉が悪いのか、どうしても得体の知れないエンジンだと思って最初から理解を諦めてしまっている人がいるが、要するにジェットエンジンのことである。え?言っている意味がわからない? それじゃ・・・ほら。

形を見りゃちょっとはイメージが沸いてきたのではないかな。いろいろパイプが取り付いているからわかりにくいかも知れないけど、円筒形をしていますね、これにカウリング(整流覆い)をつけると・・・

こうなるわけ。ちなみに、このKC-10が装備するジェネラル・エレクトリック製F108―民間名称CF6-80C2は上記のスプルーアンス級をはじめ、最新のアーレイ・バーク級、そして「あたご」型が装備するガスタービンエンジン、LM2500と源を一にするエンジンである。

厳密には航空機形はターボファンエンジンなので、コアのみを使用するガスタービンエンジンとはまったく同一ではない。これはCF6の原形となった、世界最大級の輸送機、C-5Aギャラクシーが装備するTF39ターボファンエンジン。上の写真で見るガスタービンエンジンは、後ろの方の小さい直径の円筒部分に相当する。その前、一段と直径の大きな所は、ターボファンエンジンにしかない、燃焼ガスを発生しないバイパスファンの部分。ブレードの隙間から反対側の空が見えるが、ここは言ってみればケースで覆ったプロペラで、ジェットエンジンとプロペラ(ターボプロップ)エンジンの中間的な性格を持つエンジンということができる。

ギャラクシーは半分プロペラ機だった!とバカにするなかれ、現在も西側世界最強(F-22の実用化によって明確な最強の座は譲ったとはいえ)の戦闘機、F-15イーグルの装備するプラット&ホイットニーF100-PW-229(写真は空自F-15J用にIHIライセンス生産されたF100-IHI-229)もターボファンエンジンだ。だが、戦闘機用は旅客機用ほどに明確なファン部とコア部の直径の差が見られない。これはもちろん、高速性能を追求するためにバイパス部分を通過する空気流量の比率*2を小さくしているためだが、いずれにしても円筒部分は2重構造になっていて、燃焼室部分の外側には燃焼しない空気が流れるだけの筒―バイパスが存在する。このバイパスは、燃焼しない「生」の状態の空気だけに、アフターバーナーを装備する戦闘機としては、アフターバーナー点火時にほとんど燃焼ガスとして酸素の存在しないターボジェットエンジンに対して大幅な推力増加が得られるというメリットもある。

空を音速近くで飛ぶわけではない船舶用のガスタービン(ジェット)エンジンでは、空気抵抗を減らすカウリングは必要なく、逆に騒音低減用や艦内火災などから守るための四角い入れ物(エンクロージャーという)に入っている。こんな感じ。ジェットエンジンだと前方に大口を開けて空気を取り込むが、もちろんガスタービンエンジンも大量の空気を取り込んで燃焼する仕組みはまったく同じなので、大きな吸気筒が取り付いている(下の写真参照 ちなみにこの写真では左側が吸気側―飛行機で言えば前、右側が排気側―同後ろ)。
この一連の写真は、当日記で何度も紹介したことがあるが、横須賀・長浦にある海自第2術科学校にあるロールスロイス製スペイSM1Aの教育用トレーナーで、シミュレーターと一体になっているが、もちろんエンジンは実物で、運転をすることで実地の教育を効率的に行うことができる。ちなみにスペイはF-4ファントムIIのイギリス海・空軍形FG.1・FGR.2に採用されたエンジン*3で、現代の西側艦艇では海自「あさぎり」型、「むらさめ」型への採用をはじめ、LM2500とシェアを2分する船舶用ガスタービンエンジンのトップブランド*4
というわけで、まず丸い筒の形をしていないから、翼の下についていないから、ジェットエンジンは空を飛ぶためのものだから、という先入観は捨てて頂きたい。でも、なんであんな速い速度で飛ぶ物なのに、艦の中で部屋を突き破って前に飛んで行っちゃわないの? ハハハハ、いい質問ですね、ジェットエンジンは燃焼室で作られた高温高圧の排気ガスを、そのままノズルから推力というかたちで吹き出すことで出力を取り出している。もし翼との取り付けが何らかの原因で外れてしまったら、そのままエンジン単体で前にドガー!と飛んで行ってしまうだろう(もちろん、すぐに燃料配管がブッちぎれるのでエンジンは止まってしまうが・・・)

ガスタービンエンジンは、この高温高圧の排気ガスを推進軸を回す出力タービンの羽根にぶつけることによって、推力ではなくて軸出力を得ている。エネルギーはこの羽根を回すことに消費されて(すなわちエネルギー保存の法則ジェットエンジンのような「勢い」はなくなってしまうのだ。それでも、煙突から排出される排気はまだまだ熱気を帯びているが、すでにエンクロージャーに固定している金具を引きちぎって前に飛んで行く程のエネルギー(反動力)は残っていない。逆に言うと、このあり余る中坊の○欲のようなエネルギーを受け止める(吸収する)推進軸がないと大変なことになるwwww このトレーナーには、当然その出力を消費する推進軸はついていないが、それではやはり大変なことになるwwwwので、水動力計といって水の流動抵抗により動力を吸収する負荷をつないでいる。写真の白い装置がそう。本来、この右方にずっと推進軸が伸びて、最終的にスクリューにつながっていることになる。
さて、ジェット(ガスタービン)エンジンの基本的な仕様について突っ込んでいこう。皆さん、飛行機がバックしているのを見たことがありますか?空中でバックしているのを見たことがある人はいないだろう・・・といいつつ、ハリアーだとバックもできるんだけど、それは話がややこしくなるのでおいといて、777やホーネットが空中でバックしているのを見たことがある人はいないはず。
それはもちろん、翼が飛行方向と反対側には揚力を発生しないので、という本質的な理由はさておいて、推力のみで考えてみると、ジェットエンジンは前から空気を低圧圧縮→高圧圧縮→燃料を吹き込んで爆発・燃焼→高温高圧のガスで圧縮用タービンを回す→推力として排気、という流れになっているので、後ろから空気を入れて燃料を供給しても、空気が排気時点で低圧―大気圧になるようになってしまっているので、霧になった燃料がシューシュー出るだけで、エネルギーを生み出さないのは当たり前。前から入った空気を捻り込むようにして圧縮して行く方向に、タービンのブレードが植えられているのである。

ああ、またモノクロに戻っちゃったwwww 空中ではバックできない飛行機も、空港ではランプから離れていく時バックして行くが、あれもジェットエンジンを逆回転して前方に排気しているわけではない(まあ、逆噴射という手もあるけど、それは本質的なエンジンの逆回転ではない 単に排気をデフレクターで前に吹き出すようにするだけ)。地上の牽引車がプッシュバックしていくのである。というわけで、ジェット(ガスタービン)エンジンは逆回転できない(パワーを生み出さない)ことがわかる。
もう一つ、ジェットエンジンの特性。非常に高出力なジェットエンジンであるが、その出力は回転で稼がれているので、回転×トルク=出力の式から言うと、トルクは非常に薄いことになる。従って、超低速での運転は苦手で、負荷によっては当然ストールしてしまう。また、辛うじて運転できる付近の回転数では燃費も悪いため、ジェット(ガスタービン)エンジンのメリットをまったく生かしていないことになるので、安定した高回転を連続する環境*5にあることがジェット(ガスタービン)エンジン採用の条件となる。
飛行機の場合は、失速しそうな低回点数域はどのみち飛んでいられない速度なので、逆に考えるとそのデメリットは無視できることになる。問題は船舶だ。もちろん、ガスタービンエンジンの常用回転数域である4,000〜6,000rpmでスクリューを回すわけにはいかない(スクリューは水中でゆっくり回すほど推進効率は高くなるという理由もある)し、前述のようにトルクが薄いのでこれをトランスミッションにかけて減速して、おおよそ100〜200rpmにまで落とすのだが、減速装置の効率上おおよそ減速比1:20が限界であることから計算すれば、例えばスクリュー回転数30rpmを実現しようとすればタービン回転数は600rpmとなり、エンジン回転下限を割ってしまい事実上不可能となる。

入出港時にはタグの助けを借りることが所定で、いったん出港してしまえば基本的に無駄な動きをせず目的地まで真一直線の航路を取る貨物船などは、(語弊はあるが)そこそこの低速性能があれば事足りるのに対し(高価なデバイスは建造費に直結し、すなわちその船の経済性の低下を意味する)、入出港時必ずしもタグをあてにできるとは限らず、自立した入出港のための細かな動きが要求され、洋上に出ても機敏かつ自由自在な機動が要求される軍艦は、スクリューの回転下限は低ければ低いほど良い。高速回転を身上とするガスタービンの特性と、この相反する要求を実現するには、減速装置の一般的な減速比以上の数値をなんとかして造り出さなければならない。それを可能にするには、例えば自動車のような半クラッチができるトランスミッションや、鉄道車両に用いるような液体変速機(トルクコンバータ)を使うしか現実問題方法はないが、レーシングエンジンでせいぜい1,000馬力程度の容量の自動車用(摩擦を利用する)クラッチは言うにおよばず、2,000馬力程度の容量がある鉄道用液体変速機でも、1基で2万5,000馬力(LM2500・日本においての連続定格出力)の出力を持つガスタービンエンジンのハイパワーを受け止めるには絶対的に役不足なのである(もちろん、そういった低速時には全出力を出しているわけではないので正味2万5,000馬力を受け止める容量を持つ必要はないが)。ということは、ガスタービンエンジンでスクリューを回すと、現実問題超低速で運転する必要がある時は数十rpmの回転と、軸の結合を外して停止を細かに繰り返して、「疑似半クラッチ」状態を造り出すしかない・・・んなアホな!
それで、接岸とか浦賀水道航路通航とかできたら神です。
ここまで、長々とガスタービンエンジン原論(?)をやってきたが、上記から導き出される結論は・・・
ガスタービン推進艦で、バックをするには、また細かな速力調節を行うには可変ピッチプロペラが必須である」*6ということである。

*1:現在でも、LNGタンカーは蒸気タービン推進方式を取る船が多いが、これは輸送途中に気化してしまった天然ガスをどうせ捨てるなら、ということで燃料にしているためである ただし、最近は一度気化したガスをもう一度船上で再液化する装置・方式が開発されたため、エンジンとしては経済性に優れるディーゼルを採用する例も増えてきた また、シュノーケル航走などでどうしても大量の空気を取り入れることが難しい潜水艦はディーゼルもしくは原子力しか選択肢はない

*2:エンジン内部に取り込まれ燃焼ガスとなる空気と、ファンで後方に排出されるだけで燃焼もせずエンジンとは本質的に無関係な空気の比率をバイパス比という 現代の旅客機はおおよそ7程度で、前述のTF39やCF6などは言うなればダクトをつけたターボプロップエンジンと言っても差し支えないほどのバイパス比を持つのに対して、戦闘機用のF100やF110などは0.45程度とターボジェットエンジンに申し訳程度のバイパスエアを流すだけのものとなっている

*3:こちらも同じく航空機形はターボファンエンジン

*4:絶対出力はLM2500に比べると低いので、あたご形のような大形艦になるとLM2500しか選択肢はない

*5:この条件を満たすことが難しいために、ガスタービンエンジンの自動車や鉄道車両への搭載は過去何度か研究されながらも実現せずに終わった もっとも、実用化失敗の背景にはそれ以外にも騒音などの問題もある

*6:ありがちなことだが、現実には例外がひとつ存在する これについては本筋とは外れてしまうが、日を改めて解説します