映画「ヒョンスンの放課後」


22日から渋谷シネ・ラセットで上映されている映画「ヒョンスンの放課後」を見に行ってきた。
本日は2度寝のおかげで、起きたのが正午で天気も悪いし横浜へ行ったことは行ったのだが、大して歩き回れもせずに雨が降り出して、早々に帰ってきてしまった。で、家に戻ってきてはみたものの、まだ時間も早く当初予定にあった映画を見に行くべく再び家を出る。上映は28日までなので、本日を逃すと2人で行く機会はない。
最終上映となる1910からの回は、4人だけという寂しさ。上映直前にイギリス人?と思わしき2人組の白人の男が入ってきて私の後ろに座ったが、それでも総勢6人である。この映画館、全部で席数は60人ほどで、前の方は自由に動かせるテーブル付きのソファとなっており、観賞には最高の環境だが、あまり前に行くとまた気持ちが悪くなるので、前後中程の通常座席の最前列に座った。しかし、空いているのは快適でいいし、日曜の夜ならこんなものなのだろうが、6人とは・・・関心の薄いテーマなんだな、というのが肌身に染みた。ま、前から知っていたことだが・・・

この映画、2002年制作の前作「奇蹟のイレブン」で共和国に認められ、異例のノーチェック取材が認められたイギリス人、ダニエル・ゴードンが、2003年夏に開催された祖国解放戦争(朝鮮戦争)休戦55周年を記念したマスゲームに出演する13歳の少女の練習や、家庭の風景などを密着取材したドキュネンタリーである。本来の見所はマスゲームなのだが、ご存知の通り我々は2002年に行われた最大規模のマスゲームアリラン」をご丁寧に2度も見ているので、ぐっと小規模な屋内マスゲームはそれなりに見られれば良いという感じ。当作品の売りは、今まで西側のカメラが踏み込むことがなかった(皆無ではないが)一般家庭の家の中や町中の風景が活写された貴重な映像の数々、ということで、それなりにチェックの入った目黒のサンマのような描写ではあろうが、なかなか見られるものではないので、同居人が発見してぜひ見たい!となったのである。
取材に対しては共和国から口をはさまれたことはないとはいっても、主人公を選定するにあたっては共和国の方で一番模範的で無難な家庭を選んだのだろうし、取材陣の知らない所で事前に口裏を合わせ、何度も模範解答の問答をやって、食事も取材期間中は特別配給となったであろうことは想像に難くない。もとより、平壌に住めるのは高級党員に限られ、全国の平均からは飛び出ていて、高層住宅に住みテレビもあり、あまつさえ犬も飼っていて、娘が朝食を「食べたくない」などという家庭が全国の標準的な家庭像を推し量るうえでまったく参考にならないのは言うまでもない。それでも、カメラに写されたのはまったくの嘘ではないだろうし、木の根っこまで食い尽くす極限の暮らしと、どちらがその国の真の姿かと問われれば、実は平壌なのではないだろうか。なぜなら、これから共和国がどちらに転ぶとしても、平壌以外の「餓鬼の群れ」と化した大多数の人民は、後世歴史を語る上で恐らく何の役割も果たさないと思われるからである。
主人公ヒョンスンと、ちょっと年下のソンヨンの家庭は、平壌では中産階級とはいえ、そんなわけで全国平均から見れば貴族のような暮らしぶりである。この作品を見る人は、予備知識としてはまずそれを押さえておかなければならない。前半はパートごとの練習風景、ヒョンスンが練習している金日成競技場の前の広場での映像が延々と続き(凱旋門の横で、我々も金日成の遺体が安置されている錦繍山記念宮殿に行くときに専用の送迎車に乗るために待ち合わせた場所なので良く知っている)、その間に家庭での過ごし方や食事風景などがはさみ込まれている。後半では優秀な選抜選手ということで特別に連れて行ってもらった白頭山への旅行で、寝台列車での旅の様子や朝鮮人が聖地と崇める天池、金正日の生家とされる白頭山密営の丸太小屋などが映し出される。引率の先生が永作に似て可愛かった(^。^) そして本番、2カ月延期され2003年9月に12日間上演された、平壌体育館でのマスゲームの様子が映し出される(平壌体育館は2月16日の日記で紹介したバスの写っている広場にある)。
映画には政治的なメッセージはいっさいない。ただ、13歳の遊びたい盛りの世間知らずな少女が、将軍様に観てもらいたい一心で連日の辛い練習をこなす様子が淡々と綴られるだけである。しかし、共和国を悪い国だと言い、国民をイコール悪い人達だと言う大多数の日本人にこそ、観て欲しい。共和国に住んでいる人々だって、手が4本あったり目が3つあったりするわけではない、ましてや全員が全身黒タイツに身を包んだショッカーの戦闘員のような、殺しても殺しても湧いてくる戦闘マシーンではないのである。そこには子を思う親の愛情や、宿題を嫌がりテレビを見ようとする子供の姿、厳しい練習の間、昼休みに皆ではしゃぐ仲間達、休日に(ささやかであるが)レジャーを楽しむ一家など、平凡な一市民の暮らし、哀歓があるだけである。

演出に文句はつけなくても、当局の手にかかればお膳立て、根元の部分でいかようにも味付けが変えられるわけで、拍子抜けするほどナチュラルで声高に叫ばない登場人物の姿をすべて鵜呑みにはできないけれど、暮らしているのは同じ人間、どんな狂信的な独裁国家にも1軒1軒に人々の営みがある、というのを、この映画を通してわかって欲しい。本当に日本人が賢い優れた民族ならば、「あんな悪い国に行ったから悪い人」などと言う馬鹿げた見方はもうやめよう・・・でも、いくら日曜の最終回とはいえ、観客が実質4人じゃあ関心の程度も知れるなあ・・・わかっていることだけど・・・
ラストのマスゲームのシーンは、洋楽をBGMにした演出でそれのみでもドキュメンタリー映像として楽しめ、あとレオタードの少女が乱舞するのでその方面の方にもお勧め(?)。しかし、その他のマスゲーム映像はいわゆる「止め」画像が多く、印刷物などから取ったと思われるのは、特殊な国だけに仕方がないか。映像も、最初に断りがあったがオリジナルではなくコピーのフィルムなので若干粒子が粗い。また、共和国マニアの目から見れば、大体見たことのある景色ばかりでもの足りないかも知れないが、一般の方でちょっとでも興味があったらぜひお勧めしたい一作。ちなみにこの監督、共和国三部作ということで、最終作として共和国に渡ったアメリカの軍人を描いた(ご存知ジェンキンスさんの他にもう1人、現在も平壌に在住しているらしい)「Crossing the line」を撮影し終えたばかりとのこと。