百里航空祭に飛来した海兵隊/海軍機

EA-6B/VAQ-130 at Hyakuri AB

ここ数年は米軍機の展示がなかった百里航空祭だが、本年はフライトを行った三沢35FWのF-16の他にも、珍客ともいえる海兵隊/海軍機の飛来があり、会場を沸かせた。そもそも、徹夜してまで行った私としては、これを見るため(だけ?)に執念で行ったようなものである。
エプロンから滑走路方面に一列に並べられた空自/空軍の機体とは別に、観客スペースの真ん中に円形に置かれた岩国からの海兵隊/海軍機。当日記でも折に触れて解説しているが、1MAW―第1海兵航空団のホームベース、海兵隊の前方展開基地としては最大規模となる岩国には常駐・本国からのローテーション展開でF/A-18ホーネットを装備する海兵戦闘攻撃飛行隊やAV-8Bハリアーの部隊、EA-6Bプラウラーの電子戦攻撃飛行隊など各機種の部隊が駐留している。これの詳細な構成や歴史を解説すると長くなるので、興味のある方は各自勉強していただきたいが・・・

今回4機飛来した中で、やはり一番美しいマーキングを身にまとうのは、VMFA-212"Lancers"の部隊長機であるF/A-18C(WD01/Bu.No.164958)。

伝統の鉄十字と剣を組み合わせたエンブレムのデザインを尾翼に描き、青を主体としたカラーを効果的に使用。この部隊、以前はハワイ・オアフ島ノースショアにあるMCAS*1カネオヘ・ベイのMB-1/MAG-24*2をホームベースにしており、同基地所属の3飛行隊のなかから持ち回りで半年ローテーションでやってきていたのだが、冷戦終結に伴う部隊再編で、現在は岩国常駐の部隊となっている。昔、F-4ファントムを装備していた頃は、どちらかというと地味な部類に属するマーキングだったが、現在では並み居る海兵部隊の中でも派手な方、しかもかなりセンスのいいデザインになったと思う。

ホーネットはもう1機、VMFA-115"Silver Eagles"のF/A-18A+(VE213/Bu.No.163175)が展示された。こちらは本国、サウスカロライナ州MCASビューフォートの2MAW/MAG-31から半年ローテーションで展開している部隊。すでに実戦部隊では旧型の観が拭えない最初期型、A型を装備する部隊だが、「プラス」のモデル名の通り、元来のA型が装備するAPG-65に代えて、レーダーをC型規格のAPG-68に換装した近代化改修モデルである。しかも、このシリアル163175はA型最終号機(ロット9/ブロック22)とのこと。シルバーイーグルスも元来白を基調にした尾翼のマーキングが上品かつ美しい仕上がりを見せる部隊だったが、現在でも隊長機にはスペシャルなマーキングこそ施されていないものの、当機213のような末尾ナンバーにまでかつての塗装を髣髴とさせる赤白青3色のストライプを入れており、嬉しい配慮。機首の下、前脚ドア一帯に塗られている濃いグレイは欺瞞キャノピー。空中戦でくんずほぐれつとなった時、この塗り分けにより機体の上面と下面を錯覚させ、一瞬の判断ミスが命取りとなるドッグファイトを有利に導くための小技である。その時の隊長の考えなどで、部隊単位で施されることが多い。

ホーネットと並んで展示されたのは、なんと!本邦初公開、海軍VAQ-130"Zappers"のEA-6Bプラウラー(AC500/Bu.No.162938)。今回初の岩国ローテーション展開となった飛行隊である。
世界のあらゆる国の追随を許さない強大な米軍にあって、電子戦機(現在は実質EA-6B1機種のみ)は慢性的に員数が不足している数少ないカテゴリー。さらに、空軍では以前運用していたEF-111を早期に退役させてしまったため、海軍のプラウラーを戦力として拝借するしかないという前代未聞の事態が長く続いている。従って、海軍としては本来の空母に展開する部隊のほかに、空軍との統合運用形態を採らねばならない部隊の拠出を余儀なくされ、片や機体の老朽化も進み・・・と常に悩みは絶えない。自前で4個飛行隊を持つ海兵隊も常にフル運用を余儀なくされており、最近では岩国ローテーションに割く部隊がなくなってしまった。最後の手段というわけで、空母展開の合間に陸上基地に帰っている海軍飛行隊の中から、ローテーション組が選ばれるという、究極のやりくりが長い間続いているのである。

同部隊は「A」で始まるテイルコードが示すとおり、本来は大西洋艦隊に属するCVW-3―第3空母航空団の所属で、搭載空母が日本に寄港する可能性はないに等しく、通常は来日することはありえない。実際、第3空母航空団の機体が来日したのは、恐らくベトナム戦争時に各空母がベトナムツアーを実施した時以来の珍事と思われる*3。搭載空母名も「USS HARRY S.TRUMAN CVN-75」を記入したまま!こんな機体をよりによって空自の基地、百里で見られるとは・・・なお、VAQ-130からはもう1機、AC504/161347も展示された。

EA-6Bの妨害電波発信などの操作を担当する電子戦士官席である後席(ECMO3)には、国産の名機、AOR製AR3000Aレシーバーが装備されている。私も先々代のAR2000持ってますよ、さすが米軍ご用達の高性能!
各プログラム中ラストを飾るブルーインパルスのフライトが終わり、1500過ぎには航空祭の全プログラムが終了する。ここで早くも岩国組は帰投の準備ということで、空自の隊員によるロープを持っての追い出し作業が始まった。もちろん、エプロン南端から追い出しが始まるのは予想通りで、それを見越して機体のバックに人が大勢写り込むコンディションでも撮影は済んでいるが、このロープに追い立てられながらもう一度一通り撮影。こうすると、作例のようにバックに人が入らないクリアーな写真が撮れるのだが、太陽の位置関係上逆光気味になってしまうのは致し方ないところ。
そして・・・ここでボヤボヤしていると上がりを撮り損なうことになるので、今度は足早に北端のシャトルバス乗り場に移動。まだエプロンは展示の空自機を名残惜しそうに見ている客も多く残っており、南端以外はそう早くに追い出される心配もないが、帰投する機体を順光で撮るには、駐車場のサイド、滑走路の反対側に移動しなければならないのだ。シャトルバスは一日中動いているので、早めに引き上げるのもいいのだが、上に述べたようにこの追い出しの時が一番オイシイ瞬間でもあり、終わった直後ではどうせ一度に引き上げる客の渦に飲み込まれ、長時間列に並ばされて無駄な時間を過ごすことになる。この辺のタイミングの読みが結構重要っす。
もう大混雑も片づいて、バスはほとんど待たずに乗ることができた。駐車場側のサイドでは、すでに帰投機撮影組が横一列に並んでスタンバイ中。といっても、プログラムと違って開門一番ダッシュで場所取りなどしなくても、長い滑走路のほぼ全スパンにわたって好きな位置に陣取ることができる。まず空自の他基地から来た機体や陸自のヘリ、松島に帰るブルーインパルスが1機ずつ趣向を凝らしたテイクオフを見せた後、ホーネット組2機が動き出した。

最初に離陸したのはVMFA-212のF/A-18C。かなり前進シフトしたおかげで、脚を引き込む直前の(中途半端とも言えるが)こんなカットが撮れた。

次に上がったのはVMFA-115のF/A-18A+。しかしこの機体、年季が入っているせいか右主脚が引き込むのが遅れて、この後の真横のいいアングル・・・になるはずの場面で、なんとも締まらない渡り鳥のような姿になってしまった。すっかり上がったところでようやくこの主脚も収納、無事に岩国に帰っていった。

さてこれとは対照的に、なかなか上がらなかったのがVAQ-130のプラウラー。さっさと追い出しておいて、各機4人乗り込んだ気配はあれども、なかなか翼を展開しない。ACL*4が点灯しているようにも見えない・・・待つこと実に50分ほど。初来日の珍機を絶好のコンディションで撮る千載一遇のチャンス、ここで逃してなるものか、と、待つ方もおのおの執念である。やっと翼を展開し―ここからがまた長かったがようやくタキシングを開始、501隊のRF-4Eが居並ぶ前を2機で通り過ぎて、ランウェイの南端に来た・・・ところが、2機同時に乗ったようだ。やばい!セクションか!? セクション―つまり編隊離陸をされると、テクのない私としては目標が絞れず、大失敗になる可能性が高いのだ。やめて〜セクションは、1機ずつ撮らせてちょ〜だいな!との願いが通じたのか、まず504の方から離陸滑走開始・・・片方の目でファインダーを見つつ、もう片方でチラチラとエンドを見ていると、500は動いていない。助かった〜

一呼吸を置いて、500もテイクオフ。ホーネットよりも若干低い?ギャラリーを意識した上がりで飛び去って行った。

*1:Marine Corps Air Station 海兵航空基地

*2:第1海兵旅団・第24海兵航空群

*3:厚木の第5空母航空団に機体交換・補充などで旧マーキングを残したまま来日する事例がまったくないわけではない 第3空母航空団のベトナム戦戦闘航海は「ラインバッカー」作戦中の1972年4月から翌73年2月の1回のみ、私の手持ちの資料からではこの航海中搭載機が日本に飛来、または空母(当時の搭載空母は長らくコンビを組んだサラトガSaratoga CVA-60)が日本に寄港した記録は見いだせない。よって部隊としての来日は初の可能性もある

*4:Anti Collision Light 衝突防止灯