スパホの色じかけ総攻撃にすっかり骨抜き

F-14 Final flight ceremony ID pass

22日の夜が明けた。
昨夜は"Key West Night"の狂乱に2100頃まで付き合ったのだが、きりがないし大事な本番を翌日に控え、まだまだ大騒ぎのO'Clubを後にホテルに帰ってきた。今日はさすがに疲れた・・・そのままベッドに倒れ込み、就寝。
ノーフォークの朝は遅い。早くに寝たおかげで0300頃には目が覚めてしまったのだが、風呂に入って支度を始める0630頃になってもまだ夜は明けきらない。朝食のために外に出てみたが、空気の冷たいこと! 昨年のじっとりとまとわりつくような蒸し暑さを覚えている身ではまるで別の所のようだ。時期も9月20日前後とほぼ同じなのに・・・昨年はあのハリケーンカトリーナ」が南部を襲った直後で、CNNはずっと台風特番、別の番組をやっている時でも行方不明の子供の顔写真をいわゆる災害時のL字画面でずっと流していた。エアショーの時も、別の新しい台風が接近していて、結構天気予報に気をもんだものである。あの時、バージニアというのはこんなに暑いんだ・・・と辟易したものだが、どうやらこれが本来の姿のようである。ただし、晴れさえすれば日差しは熱く、朝晩と昼で寒暖の差が極端に大きい。
今回の"TOMCAT SUNSET"の中で最大のイベント、ファイナルフライトセレモニーは1000からの開催となるが、本日はその後のO'Clubでの昼食会がドレスコード適用のため、ネクタイを締めなければならない。海外でネクタイを締めるのは、平壌錦繍山記念宮殿に参詣して以来2度目である。しかしこの2つのイベント、なんというか我ながらあまりに極端ではなかろうか・・・成田のユニクロで買ったYシャツをおろし、革靴を履いたら、晴れ渡った青空の下を出発!
昨日と同じ駐車場のレセプションに寄り、昨日知り合った日本人の方も来ていたので挨拶して情報交換の後、今回一緒に参加することになっていたのに注ごうがつかなくて来れなかった日本人の同好の方の分もパンフレットをもらおうとして、ブースの行列に並んでいたら、後からYシャツのカラーを突っつかれた。誰だコラ!?と後ろを向いてみると、現役の士官の方が、おいシールついているぞとニヤニヤしながら剥がして目の前に差し出してきた。うわ〜恥ずかし〜い! これつけっぱなしだったのか〜!
しばらく駐車場で時間調整の後、0900に入場OKとなり早速車に乗り込んで基地内に。今日はヒストリカル・パークを横目に見て、トムキャットブルバードをエプロンに急ぐが、参加者の車が結構多く、渋滞しているようだ。誘導から外れ、トムキャットブルバードの1本隣、3rd stを進む。いったん入ってしまえば、よほど変な所に入り込まなければ少々道を外れても停められるわけではない。大分渋滞をパスしたところで、本筋に戻りエプロンの手前、ホーネット・ドライブとの交差点であるロータリーを回ってエプロンへ。
ここで・・・車窓の右側に、チラリと赤い尾翼が見えた。かつてのA-6部隊、今はC形ホーネットや機種転換部隊であるVFA-106の機体が駐機する地区である。VF-31の隊長(CO)機、AJ101だろう。もう1機、黒く見える尾翼は、昨日のセレモニーで見たのと同じ、ブラックテールに黄色のインシグニアでフェリックスを描いたダブルナッツ、AJ100だろう。
オシアナのエプロンとハンガーは、北側を頂点に左右にほぼ45度の角度で斜めにV字の配置となっている。これはメインである05/23とサブの14/32の2本の滑走路に沿った形となっているためだが、かつてF-14をはじめA-6、A-7が健在であった頃、オシアナは戦闘機(F-14)の航空団である第1戦闘航空団と並び、中攻撃機であるA-6の航空団である第1中攻撃航空団のホームベースでもあり、東側の地区は攻撃機地区、いわゆる「イントルーダー・ネスト」だったのだ。今も昔も、戦闘飛行隊のF-14やその流れを汲むスーパーホーネット装備のVFA部隊が屯する場所ではない。
そんなこともあり、こちらは式典は西側のエプロンで行われるものとばかり思っているので、あれ? なんでこっち側にいるんだ? と一瞬不安がよぎった。パンフレットには、式典の会場は「ハンガー500」と書いてある。ハンガー500って、西側だよな・・・案の定、エプロンに出たところで左に行くように誘導された。ああ、フライトのある機体だから会場とは離して置いてあるんだな、と、この時点ではどこまでもおめでたい私であった・・・

式典会場は西側エプロンのドン詰まり、普段多数のF-14、F/A-18E/Fが駐機している場所だった。エアショーの時に有料席スペースに組み立てられる雛壇形の観覧席がV字形に設置され、その前に数機が並べられているようだ。しかし、トムキャットが見えないような・・・しかも何やら色とりどりのヒコーキばかり・・・まだ会場に遠く、車の窓越しにそれを見ていた私は思わず声にならない声を上げた。「!!!!!!」

会場は、大変なことになっていた。
まず、本日の主役であるF-14D、AJ103/Bu No.164350。今回のセレモニー記念のスペシャルマーキング機で、トムキャット就役当時の海軍機標準塗装である上面ガルグレイ、下面・動翼部ホワイトのスキームに退役記念のエンブレムが尾翼に描かれている。半月前のエアショーでエプロンの奥に隠すように停められ、撮ることができなかったと悔しがる人も多かった機体である。

会場の端には、同じデザインながら80年代以降施されたカウンターシェード、いわゆるロービジ*1のAJ102/Bu No.163904。機体にはスタータがつながれ、周囲にはエビエータとNFOがフライトスーツを着てチェック作業を行っている。これが飛ぶのかな・・・?この辺から、先程から抱いていた一抹の不安が段々具体的な形を取り始めてきた。
正直に白状すると、目を奪われたのはこのためにはるばるアメリ東海岸までやってきたトムキャットではなく、まるで花嫁のドレスの裾を持つように並べられた脇役のはずのホーネットだった。車の鍵を閉めるのももどかしく飛び出した私が見た、その光景は・・・!

そこには、まさに夢のようなダブルナッツの楽園があった。ヒコーキ趣味で海外に出たのは昨年のオシアナエアショーに続いて2度目の私、基本的に厚木のCVW-5以外の機体を実際に見る機会は、今まで数えるほどしかなかった。目の前にあるのは、初めて見るきらびやかな"FLY NAVY"の世界。

それでは、順を追って紹介して行こう。まず、西海岸、カリフォルニア州NASリムーアから飛来した、太平洋艦隊所属のVFA-2"Bounty Hunters"。CVW-2・第2空母航空団司令機のF/A-18F・NE100/Bu.No.165916。

F-14最初の実戦部隊として、1972年10月にシスタースコードロンのVF-1"Wolfpack"と並んで新編されたVF-2。既存の部隊の伝統を引き継いだ機種改編というプロセスを経ず、戦後の部隊番号命名原則から逸脱してひと桁の番号で新編成*2されたところに、当時の海軍がトムキャットに寄せた期待の大きさが伺える。

機首には「ラングレーストライプ」と言われる伝統のトリコロールのストライプが描かれる。これは1922年に「VF-2」の名を冠した初代の飛行隊がアメリカ海軍最初の空母、ラングレーLangley CV-1に搭載された際に搭載機に描かれたものを踏襲したマーキング。もちろん、1972年に新編されたVF-2と初代の部隊は書類上はまったく別の部隊だが、このようにひときわ伝統を重んじるのがアメリカ海軍航空部隊の気質である。

地元オシアナのVFA-11"Red Rippers"のF/A-18Fは残念ながら唯一司令機でないAG111/Bu.No.166626で参加。ダブルナッツのAG100は機体繰りの都合上、午前中フライトに上がっていたようで、式典が終わった頃に降りてきた(10月6日の日記タイトルP参照)。なお、同隊の所属はCVW-17・第17空母航空団から新たにCVW-3・第3空母航空団に変更されたとのことだが、この機体にはなぜかどのどちらでもないCVW-7・第7空母航空団所属を表す「AG」のテイルコードが記入されている。ん?これ、どう見ても「G」ですよね?なんでテイルコードが3つもあって各機バラバラなんだ・・・?

こちらも西海岸組。CVW-11・第11空母航空団所属、1919年創設とアメリカ海軍最古の飛行隊であるVFA-14"Tophatters"は元戦闘飛行隊出身のVFAとしては数少ない単座のF/A-18Eへの転換組。ダブルナッツのNH200/Bu.No.166434で参加。

VF-14のトムキャットへの転換は当時のシスタースコードロンであるVF-32と並んで1974年3月、大西洋艦隊で最初であった。かつては白い尾翼に赤いくさび形を描いていた尾翼マーキングだが、現在は流行のブラックテールとなっている。

すでにスーパーホーネットに転換して5年近くになろうとしているのに、増槽にはトムキャットのシルエットと同隊のエンブレムであるシルクハットを描いたさよならマーキングが。いかにトムキャットが海軍のエビエータ、NFOから愛されていたかの証であろう。

昨年のオシアナエアショーで解散したトムキャット機種転換部隊、VF-101と並んでデモフライトを行ったVFA-32"Swordsmen"はまだスーパーホーネットに転換直後、本日はF/A-18F・AC275/Bu.No.166662を展示。275という変則モデックスは機体がまだ機種転換部隊、VFA-106の手を放れていないためかもしれない。第3空母航空団は今年前半はVFA-32が転換作業で動けず、現在搭載空母が決まっていないため浪人状態、というわけで各飛行隊は出稼ぎに出たりしていて、所属の電子戦攻撃飛行隊、VAQ-130"Zappers"が岩国の海兵隊・MAG-12に異例のローテーション配備されているのは当日記でも折に触れて紹介している通り。

スゥオーズメンは今回の機種転換でトムキャット時代から大きくマーキングが変わった。以前は剣だけを描いていたのだが、今回の新デザインはエンブレムの通りに獅子と盾も描き入れている。しかし、地色はグレーのままで、居並ぶド派手マーキング機のなかではちょっと地味かな・・・なお、前述したようにVF-32はトムキャットへの転換はLANTでトップとなっており、対してスーパーホーネットへの転換は遅かったので、トムキャットの運用期間は全飛行隊の中で恐らく最長と思われる(ちゃんと計っていないので間違っているかも)。また、現在は大西洋艦隊のCVW-3・第3空母航空団所属で、先述した部隊番号の付番原則に現在偶然一致している珍しい例となっている。

VFA-14のシスタースコードロン、VFA-41"Black Aces"は複座F/A-18F装備。機体はダブルナッツのNH100/Bu.No.166455。

こちらもVFA-32と同じく、ちょっと地味感を感じさせるマーキング。やはり今時、尾翼を全面塗らないとこの競演の中では生き残れないように思えるが・・・VF-41はトムキャットに転換当初は派手ながら非常に美しいマーキングで目を惹いたが、各飛行隊の中ではかなり早い時期、ほとんどトップを切って地味〜なワンポイントマークにしてしまって、そのまま戻らなかった。歴代の隊長がその考えを踏襲してしまい、ダブルナッツですらほとんど特別なマーキングを施さなかったのである。だから、一時期に比べればこれでも派手になった方かな・・・トムキャットの最初のマーキングが好きだっただけに、今でもちょっと残念に思う。

そして・・・ついにキター! ロイ・フ●ッカースペシャ・・・・もとい、VFA-103"Jolly Rogers"のF/A-18F・AG200/Bu.No.166620。映画で主役を張ったり、変形してロボットになったりして軍オタでない人にも知名度の高い、トムキャットと言えば誰もが思い浮かぶ有名な部隊である。所属は昨日軍港巡りでその姿を見たドワイト D.アイゼンハワー搭載のCVW-7・第7空母航空団。

といっても、1977年に同隊がトムキャットへの転換を果たした当時、部隊の番号はVF-84だった。VF-103は別に"Sluggers"という部隊が存在したのである。なぜ番号が変わったのか?そしてスラッガーズはどこへ行ってしまったのか? 1990年代中期に空母航空団の構成に変更があり*3、それまでトムキャットを装備する戦闘飛行隊は1隻に2個飛行隊の搭載だったのが、1個へと半減されることになり、必然的に半分の飛行隊が解散させられることになった。どちらが解散させられるかは、2個隊のうち、TARPS(Tactical Air Reconnaissance Pod System)と呼ばれる戦術偵察ポッドを運用していない飛行隊を、ということになり、VF-84はTARPS運用飛行隊であったので*4、本来は当時のシスタースコードロンであったVF-41が解散となるところ、ちょうど海軍の上層部にVF-41出身の人がいて、権限で強引にVF-41を生き残らせてしまったというのである。
というわけで、海軍飛行隊の権力闘争?に負けたVF-84は解散の運命にあったところ、随一の人気を誇る飛行隊ということで、伝統を継承して特例で生き残ることになった。しかし、部隊番号もそのままではあまりに露骨な特別扱いなので、戦闘飛行隊中割と歴史も浅く影の薄い(失礼!)VF-103を解散させて、書類上は"ジョリーロジャース"の伝統を継承させたのである。このような例は他にも歴史が古いため存続することになったVF-31などにも見ることができる。
しかし、雑誌やネットでVFA-103のダブルナッツを見て、そのマーキングが悔しいがスーパーホーネットにかなり似合っているのを知ってはいたのだが、思いもかけず実物を目にして、改めて馬子にも衣装って言うんですか?(違)、あまりに似合っているのにため息・・・悔しいことだが、ひょっとするとトムキャットよりも似合っているかもしれない。なんでかな〜・・・うまく言えないけど、なんか「兵器離れ」しているっつーか、本当にアニメに出てくるメカみたいなのだ。トムキャット末期にはかなり汚れが目立ち、それが凄みを醸し出していたのだが、スパホになってからは逆に転換して間もないだけに汚れも少なく、本当にいい意味でオモチャみたいな質感なんである。

2006年のオシアナで、かつてのシスタースコードロン、"ファイナル・カウントダウン"コンビの再現。1980年に公開された映画"ファイナル・カウントダウン"は、当時最新鋭の原子力空母ニミッツUSS Nimitz CVN-68が1941年12月、真珠湾攻撃前日のハワイ沖にタイムスリップするというストーリーで、撮影にはすべて実物、当時搭載の第8空母航空団と所属飛行隊が全面協力した。トムキャットの2個飛行隊はVF-41とVF-84で構成されており、当時飛行隊や航空団の関係は今のように目まぐるしく動くことはなく、両隊は長らくシスタースコードロンとして空母艦上に並んで翼を並べる関係であった。もちろん、空母が帰還すれば、ここ大西洋艦隊戦闘機部隊のホームベース、オシアナでこのようなシーンが普通に見られたのだろう。現在はVFA-41も太平洋艦隊に転属し、両隊の機体、ことにダブルナッツがこのように並ぶ機会はあまりないと思われるところ、懐かしい並びが目の前で再現されたのであった。しかも、VFA-41の搭載空母は当時と同じニミッツ
前述したように90年代中期にトムキャット2個隊がどちらか解散を余儀なくされ、本来この2つのうちどちらかは存在していないはずであるが、このシーンを見ると、四半世紀の刻を越えて甦る万感の思いと同時に、人気者だったり世渡りがうまかったりして、器用に生き残る奴と、その割を食う奴・・・人間社会にも通じる不条理さを感じるネ〜

次はVFA-103の現在のシスタースコードロン、VFA-143"Pukin' dogs"。機体はAG100/Bu.No.166608。こちらも数少ないトムキャットからの単座E形への転換組であるが、原則として複座F形がモデックス100番台、単座E形が200番台が付番されるのに対して、現在のCVW-7は逆になっているようである。

部隊名"ピューキン・ドッグス"とは何ぞや? 辞書を引いていただければわかるが、"puke"とは「吐く、もどす」という意味。つまり、「嘔吐する犬ズ」という部隊名なのである。何でこんな部隊名になったのかというと、当初は「グリフィンズ」という、エンブレムの通りの部隊名だったのを、誰かが「この絵、犬が吐いてるみたいに見えるぞ」と言い出したため、なんとそれが部隊名として定着してしまったという、信じられないような経緯。しかし、そんなトホホ部隊史とは裏腹に、当初第3飛行隊であった歴史を今に伝える青のスコードロンカラーを使用したマーキングは出色の美しさ。天駈けるゲロ犬・・・もといグリフィンはファントム時代は胴体に描かれていたが、トムキャットで尾翼に移動し、その尾翼形状にピッタリはまっていた(除幕式の項で、メモリアルパークの保存展示機の昨年のマーキング参照)。そして、その一体感はスパホになっても継承されているのがわかる。これでF形だったらもっと格好いいのに・・・

実戦部隊の最後は、ラストトムキャットスコードロン、VF-31のシスタースコードロンでまさに転換直後のVFA-213"Black Lions"、機体はF/A-18F・AJ200/Bu.No.166663で、恐らく最新のロット29に属するモデルである。

私に言わせれば数あるトムキャット飛行隊中、一番地味な飛行隊。長らくシスタースコードロンとしてコンビを組んでいたCVW-11出身組のVF-114"Ardvarks"もたいがい影が薄かったので(それでもあちらはオレンジのアリクイがマイナー愛好癖の一部ファンに妙にマニアックな人気を博していた)、正直これ残すのならVF-21やVF-111辺り、いやそれこそVF-114を存続させろやと常日頃思っていたのだが(VFA-213のクルーの皆さん、ごめんなさい!)、スパホになったのを、しかも実物を初めて見て、これはこれでアリかな、とも。「黒獅子」と言いながら、実体はここもスコードロンカラーが青なので、「ブルーライオン」なもんですから(笑) しかし、ブラックライオンズがCVW-8所属で「AJ」のテイルコードをつけるとは、時代は変わった・・・

ラストは実験開発部隊、VX-9"Vampiers"のF/A-18E、100/Bu.No.165780。実戦部隊だけでは飽きたらず、実験部隊まで駆り出して並べるとは・・・あきれました。

VX-9は1994年4月30日に創設された歴史の新しい部隊で、カリフォルニア州のNAWSチャイナレイクをホームベースとして対地攻撃兵器の開発・評価を行っている。その任務の性格上現在海軍・海兵隊保有する戦闘/攻撃機全機種を保有しており、もちろんホーネットも最も古いモデルであるA形からスーパーホーネットであるE・F形までを装備する。この開発・評価任務、かつては対空兵器を担当するNASポイントマグーのVX-4と対地兵器を担当するVX-5の2部隊に分かれていたのであるが、冷戦終結後のリストラの一環として1994年にVX-9に統合されたもの。本隊は旧VX-5の任務、すなわち対地兵器の開発を引き継いでおり、旧VX-4のフィールドである対空兵器の開発は分遣隊、VX-9 det.point maguが担当している。
本来VX-9のテイルコードは「XE」だが、同隊隊長(大佐職)機であるこの機体にはテイルコードは記入されておらず、モデックスのみ。
さて、ここまで夢中になってダブルナッツ軍団を撮っていた私であったが、何かが違うことを薄々感じ取っていた。いや、それを意識しながら、わざと考えないようにしていたのかもしれない・・・

*1:Low visibility―低視認性塗装

*2:アメリカ海軍の艦隊飛行隊の部隊番号は、十・百の位が空母航空団の番号、一の位が航空団内での序列を表す すなわち、この原則を適用するとひと桁の部隊番号はあり得ないことになる しかし、この原則は空母や航空団を移動するたびに部隊番号を変えなければならず、伝統が継承されないということで徐々に変更されなくなり、VF-1/2が新編された1970年代にはすでに固定化されて滅茶苦茶になっていた

*3:と、一口で書いてしまうものの、もちろん新構成に至るまでには複雑な試行錯誤のプロセスがあった

*4:1981年、トムキャット飛行隊中最初にTARPSを装備した飛行隊であった