欲望に忠実な女
もともと犬は寒い地方の出身で、南極でひと冬生きていたほどだが暑いのは苦手、というけれど・・・
スムースのチワワは、いやうちのふうこだけが特にそうなのか、その寒がりなこと尋常ではない。10月も末になれば、どうも居間の中を所在なげにしており、「今年は・・・まだですかね〜」とでも言いたげな顔をしている。
そろそろ夏用の絨毯では人間も辛くなってきたある日、毛足の長いフカフカの絨毯に替えた夜は、待ちかねていた人間もそれは快適にゴロゴロと寝ころんで過ごすのだが、ふうこのくつろぎようといったらそれ以上で、さらに数日、ついに暖房第一弾、電気ヒーターが登場すれば、もうその前から貼りついて動きもしない。しかし、遠赤外線でジワリと室内を暖める電気ヒーターは、わびさびなどには縁のないふうこには正直物足りない存在で、もう少しして第2弾、ファンヒーターが登場すると、吹き出す熱風の前に陣取って、触ると低温やけどしそうな程にチンチンに暖まっている。それも、用心深いふうこのこと、居間などではまず横になって寝る姿は見せず、普通はくるんと丸くなっているのだが、この時ばかりは全身の熱を受ける表面積を少しでも大きくすべく、吹き出し口に向けてビロ〜ンと伸びて寝ているのである。現金だなー。
犬を飼ってみて、本当に驚かされ、また面白かったのは、当たり前のことだが遠慮とか体裁を繕うとかいうことは一切なく、欲望に忠実に生きているその姿。暖かい所を求めて、その追求には一片の迷いもなく、姿勢にブレはない。ヒーターの前に人間の足があれば上に乗って、両足の間をこじ開けて・・・でも、スイッチを消されればさっさと移動してしまう。そして、頃合いを見計らって寝室に。
寝室は当然暖房を入れておらずそのままでは寒いのだが、そこはうまく折ってある掛け布団の間に潜り込んで、とりあえず丸くなっている。して、ここが忠犬の証か、なぜかどんなに寒くても人間が寝る前には掛け布団と敷き布団の間には入らない。同居人が寝るときになって、待ってましたとばかりに肩の所からいそいそと布団の中に入っていくのである。これも露骨なことこのうえない行為で、夏の間は布団に近寄っても来ないし、さっさと部屋の片隅に置いてある風通しの良いバリケンに入って出てこないのだ。ちょっとでも肌寒くなってきたら、今度はバリケンには押し込んでも入らない。
・・・まあ、それはいいのだが、それからさらに2時間ほど、私が寝る段になって、布団に入ろうとすると・・・ここで布団を無造作に上から踏みつけたり、ガーッと手を入れたりしてはいけない。それはチワワ飼いとしてはすでに習性になっている。絶対に床に置いてあるクッションや布団を踏んではいけないのだ。そこで、ソ〜ッと掛け布団を1枚めくると・・・
私の寝るスペースの、枕からすぐ下の部分、鶏のモモ焼きのようなものが目に入る。そのままめくって行くと、全容が。大体、ふうこは逆さまか、真一文字に横断して寝ている。この間などはまるで受けを狙っているように、布団の縁から仰向けに下半身だけ出して寝ていることがあった。逆に、一度頭を枕に乗せて仰向けに、人間のように寝ていたことがあり、これには真夜中にもかかわらずゲラゲラ笑ってしまった。
あんたなんでそんなに寝相悪いの?ほらどいてくれないと寝られないよ・・・下に手を差し込んでスライドさせる。犬は寝ているときに不用意に触ると驚いて飼い主でも噛まれたりすることがあるから触ってはいけない、とよく言われるが、ズルズルとスライドされている最中でもふうこは眉一つ動かさない。90度、ときに180度回頭を終えて2人+1匹で川の字になり、寝ようとすると、その時のふうこの姿勢が・・・!
多分、横になりながら伸びをしているのだろうけど、四肢をピーンと伸ばして、目をつぶりながらもなにか物言いたげな表情を見せる。その姿勢はまるで無重力の中を飛翔しているよう。これ、写真に撮ってお見せしたいのだけれど、絶対に無理だろうな〜。その後は、寝返りでつぶさないように、うつぶせに姿勢を直して腋の下に挟んで寝るのだが、枕元のスタンドを点灯して見てみると、腋の部分にアゴを乗せて、ぴったりと隙間にはまった体勢で爆睡しており、警戒心などは微塵も見られずすでに野生の面影はまったくない。
その後、一晩どこをどのように泳ぎ回っているのか、朝起きてみれば足下にいたり、時として掛け布団の上で丸くなっていたりする。ふうこは他のチワワに比べても足が格段に細く、人間が寝返りで全体重などかければ骨は粉々に砕けてしまうのだろうが、なぜかそのような事態になることはない。真夜中の布団はまさに彼女の宇宙、天駈けるチワワとなって自由に夜間飛行を楽しんでいるのである。