写真館の火事のこと

先日、夜に車で走っていて、早稲田の所まで来て、ふと横の景色に違和感を感じた。

反射的に首を振ってみたのだが、夜ということもあり、真っ暗でよくわからない。しかし、車道にまでパイロンを立てて、舗道を迂回するようになっており、その場所にある建物は、焼け落ちたように見えた。
火事? 場所からすると写真屋か新聞屋、定食屋がある辺りだなあ。しかし、こんな所で火事になったなんてニュース聞いたことないし、ボヤかなあ・・・それにしては、ちょっとただならぬ雰囲気だった・・・帰って同居人に聞いても知らないという。その場所の前は通らないけれど、ふうこの散歩で毎日近所までは行っている同居人が知らないはずはない。でもなあ、と釈然としないまま、就寝。
翌日、新聞を見て驚いた!すでにネットでのニュースは掲載期間終了のため、リンクは貼れないが、朝日新聞3月9日朝刊の都民版から抜粋すると・・・
「写真館が全焼 店主の妻死亡」
8日午前3時25分頃、新宿区西早稲田2丁目、写真館経営植田由弘さん方から出火、木造3階建ての店舗兼住宅約135平方メートルが全焼し、隣接する建物2棟も一部が焼けた。2階で植田さんの妻教子さんが焼死しているのが見つかった。
ご多分に漏れず、日々古い建物が姿を消し、昔からの店が閉まって行く早稲田界隈で、趣のある誰もが「ああ、あそこの・・・」と思い浮かぶはずの写真館。ガウンを着て卒業写真を撮るような柄ではないので、私自身はお世話になることはなかったが、通りに面したウインドウには文学部卒の小川範子の卒業写真が飾られ、前を通るときはいつもつい目が行ったものだった。同居人も通りかかった時は、その他赤ん坊やら七五三の記念写真を見るのを楽しみにしていたという。
今日、馬場の鳥やすに飲みに行った行き帰り、前を通ったが、写真館は・・・全焼。言葉を失う。「倒壊のおそれがあるのでロープから内側に入らないで下さい」との張り紙越しに見た店内は、小川範子の写真が飾られていたはずのショーウインドウ越しに空が見えていた。鎮火から間もなく丸2日経つというのに、辺り一帯はまだ焦げ臭さが漂っている。両側の店舗も、一部どころではない、正直全焼以下、半焼以上といった感じだ。辛うじて残っている入り口のウインドウの窓枠に、花束が置かれてあった。行き交う人々、学生が多いが、口々に通り一遍の事を話ながら通り過ぎて行く者、ニュースで知っているらしく改めて驚いて見せる者、また近所の人か、長い間手を合わせている老人、マニュアルの一眼で写真を撮っている若い女・・・
うちも、写真日記を標榜する以上、現場の写真を撮って載せることを考えたし、人が死んだ現場を他人が写真に撮って不謹慎だとかいうつもりは毛頭なく、むしろその生々しい現場をきちんと記録に収めようとする若いお姉ちゃんの姿勢には共感できる。ファッションで銀塩一眼首からぶら下げているだけでないのなら。しかし、私個人としては、今回はそれを写真に撮る気にはなれなかった。
写真館であるから、証明写真用はともかく、記念写真の膨大なネガが店内にはあったはずだ。それら恐らく全てとともに、一度もお会いしたことはないが、早稲田の集まり散じて人が変わる様を見てきた奥さんは亡くなった。人の命も、人の命の証である無数の笑顔が焼き付けられたフィルムも、あの真っ暗な闇の向こうに、倒壊のおそれがあるため入ることのできない、壁だけになってしまった店の入り口の向こうに行ってしまったのだ。
ご冥福をお祈りします。