ナビ奪還!あるSEAL隊員の告白

Blueforce2007-04-02

トミー・クランキー著「大西洋震撼」より
静かな、しかし2時間前より確実に弛緩した空気漂う発令所を後に、マンキューソとオハイオ艦長、マシュー・ブレジンスキーは艦長室にいた。
「第2航海直、配置につけ」「只今より食堂の使用を許可する」
潜水艦の艦内は、いつも静かだ。歴史に残る奪回作戦が成功した瞬間、水上艦はすべて乗組員の歓声で満たされたはずだ。しかし、そんな時でもサブマリナー達は表情を少し崩し、隣り合う者同士顔を見合わせただけだった。12マイル東にいるキーウェスト、17マイル西にいるサンタ・フェも同じだったろう。サブマリナーの基本的な性格に、攻撃潜水艦も戦略ミサイル潜水艦もない。
「入港は明後日の0900です」ブレジンスキーの言葉を遮るように、マンキューソは答えた。「さすがに今回は疲れたよ、もう集中力が何時間も続かん。そろそろ退役も考えないといかんかな」
「何を弱気なことをおっしゃるんですか」冷蔵庫からミネラルウォーターのペットボトルと、棚からコップを取り出しながらブレジンスキーは言った。オハイオ級には司令部要員の居室がない。狭い隔離病室に海軍大将を押し込めなければならないばつの悪さをうち消すように、ことさら無造作に水を注ぐと、勢い良くこぼれた水がテーブルを飛び出して、プレス跡も判然としなくなってきたズボンの裾を濡らした。
「トマホークを全部降ろして出たら、重心がうまく取れなくなってしまいまして、最初の2日でえらく苦労をしました。これ以上ウエイトを抜いたら復原性が出過ぎて危なかったらしいです。改装後にさんざんテストはやったのですが、やはり実戦となると予想外のこともいろいろありまして」「それを私に知られないように必死だったというわけか。まあお前さんが反対だったのは聞いているよ。もともとトライデントを24発積むように造ってあるんだからな、正しい判断だったな」ブレジンスキーは彼の子飼い、というわけではない。もともと一匹狼のように振る舞っていたから、閨閥のようなものは作ってこなかったが、この男にはどこかその資質に惹かれるものがあって、折に触れて気にかけてきた。原子力潜水艦の艦長として、一方に求められる核物理学者としての資質には疑問を挟む余地はない。もう一方の資質である指揮官としての姿勢には、若干押しが弱いところがあるけれども、今回の作戦での的確な指揮と操艦に、マンキューソは密かに卒業試験の回答を見た思いであった。

「奴が帰ってきたら、これを飲ませてやってくれ」ポケットから取り出した錫製ボトルに、ブレジンスキーの表情は一変した。「提督、そんなものを持っていらっしゃったんですか!?」中身がスコッチなのか、バーボンなのか、そんな事を聞くそぶりも見せなかった。
「水だったらどうする?」普通なら、艦内で不祥事を起こされることへの迷惑、しかしその張本人が海軍作戦部長であるという困惑がないまぜになって表情に出るところだが、彼の顔にはそうした世間並みの反応は窺えなかった。相変わらず、真面目一本気な奴だ、だが・・・「これで規則を破ったのは2度目だ、最初は3度目の航海、ギタロでヨコスカに入った時のこと、トーキョーで寝た女がゲートまで送ってくれて、持って行けと言われて断れなかった。計量で見つかったらどうしようかと、乗艦までの数百メートルで何度も捨てようと思ったが、なぜだか捨てられなかった。まあ今にして思えば、それで海軍クビになってたらこんなに老け込まない人生を送れたかもしれないな。日本でイタリアンレストランのウエイティングバーでバーテンでもやって暮らしたら楽しかったかもな・・・あの時の女、今どうしてるかな。ヨーコ・シマダに似たいい女だった」
「・・・烹炊兵に氷を持って来させましょうか」「いいや、私は飲まんよ。これは帰ってくる若いのの分だ、今はネービー・クロスよりもコイツが欲しいに違いない。あと、ちょっと分けてこの艦とASDSにやってくれ。あと、ASDSの連中にもハリウッドシャワーを浴びさせてやれ」
雲上の人であるCNOの人間味あるれる、いやあふれ過ぎた逸話を聞いて、ブレジンスキーの表情も、いつしか和らいでいた。「もうすぐ定時通信ですが、何かお伝えすることはありますか」
「家族に・・・いや、まあいいか。2日もすれば着くんだから。・・・なあマット、お前学校出てから何年になる?」「17年と6カ月です」「同期の出世頭は誰だ」「ななじゅう・・・6番のピート・ミッチェル、CSG5です」「ふん、あいつか。相手が悪かったな」
しばし沈黙があって、マンキューソが切り出した。「N87のスプレーグの所で1人足りなくて困っているらしいんだ。そろそろオカもいいんじゃないか、一度位。潜水艦乗りなんて裏街道だぞ、来られる時にチャンスは逃さない方がいい」
ブレジンスキーも、何を言われるかはもちろん察していた。「艦長、ETAあと20分です。間もなくドッキング・揚収の準備にかかります」「会合点との距離は」「2マイル、126度。水温・海流変化なしですが、この先にCZの気配があります」「原子炉は40%キープ、水測を密にして海図との照合を綿密にしろ、特にクロスチェックを怠るな。メンディングポイントのチェックをもう一度やって報告しろ、電源はすぐに切り替えられるようになっているか」「準備済みです。予備の系統も確保済み、ジェネレータは4番までフル稼働させてあります」「有毒ガス発生対策、区画はハッチ接続・開放後15分間閉鎖、あと警衛を配置につかせておけ、艦の警戒レベルはそのまま、救護の準備はいいか? もうちょっとしたら上がる」「アイアイサー」
振り向いた彼は、マンキューソの視線をかわすように、幾分デスクの上の家族の写真立てを見つめながら言った。「提督、まことに嬉しいお心遣いなのですが・・・今回の重心位置の問題でもおわかりのように、まだこの艦にはわからない事が多すぎます。艤装から面倒を見て来ましたが、運用も何から何まで手探り、SSBNの時のデータがほとんど使えません。最初から通しでいるのは機関長のエリクソンと私だけ、副長のダンもまだまだ全部をものにしているとは言い難い状態です」
それはわかっている、とマンキューソが言う前に、ブレジンスキーが言葉を継いだ。「私は今、この艦を置いては行けません。新艦種の開発に一定の道筋をつけて、後続の艦の戦力化を見届けなければ、責任を果たしたことになりません。・・・愚直だとのお叱りは喜んで受けます。ですから、あと2年待って下さい」
再び、今度はちょっと気まずい沈黙が艦長室に流れた。

ややあって、マンキューソが口を開いた。「いやいや、聞きしにまさる愚かな男だな、君は。CNOが昇進話を持ってきたのに断るとはな。だが、今の時代、それ位がいいのかもしれないな、誰もがゴマをすって世渡り上手に生きて行く時代に、こんな男が一人位いても悪くない。だが、奥さんは苦労するな」
自分でも、何を言おうとしているのか、わからなくなった。しかし、一度決めたらテコでも動かない、と評された「アナポリス出て18年のヒヨッ子」の瞳には偽りはなかった。この男は海軍大将の上官命令に逆らったのだ。
「フフフ、今回のところは私が引き下がるとしよう。だがな、あと2年だぞ。海軍はいつも優秀な人材に事欠いている。もう何十年もだ。私がこうやって誘うのも、お前を思ってのためだけではないぞ。今度出世の誘いを断ったら、エイダックの門番に飛ばしてやるから覚悟しておけ」
「アイアイサー!」ブレジンスキーは直立不動で敬礼をした。それは絶対権力者である艦長の、艦長室での振る舞いとしては誠に奇妙なものに映った。「さあ、大手柄の若いのを迎えに行こうじゃないか、この後が忙しくなるぞ、お前ホワイトハウスに行った事はあるか」「ありません」「定時通信で奥さんに伝えてもらえ、スーツも2〜2着新調しなきゃならんってな。コードは決めてあるのか?」「いいえ、生きて帰れるとは思わなかったものですから」「品の悪い冗談はよせ、ワシントンじゃ通用しないぞ。それじゃあ後で浮上して携帯で電話しておけ」「お言葉ですが、提督のジョークもあまり誉められたものではないのではないかと・・・」制帽を脇に、艦長室のドアを開ける。「司令官は発令所へ!」「艦長は発令所へ!」艦の外に、何かスクリューの気配がする、ドッキングはもうすぐだ。「両舷停止!」発令所に上がり、皆に敬礼で迎えられた時、何かが―ASDSのハッチが耐圧殻に当たる鈍い音がした。
・・・いかがでしたでしょうか。こうして決死の奪還作戦を敢行したSEAL隊員は無事にオハイオに帰ってきました。そして、その作戦の詳細について、このほど機密指定解除にともなって報告書が日の目を見ることになりました。あと、こちらの記事の4月1日更新分にもなかなか笑える裏話が書いてあります。今回の更新はかなりボリュームも多く、一顧客のブログをこんなに紹介していただけるとは、当分遣隊の大ファンという闇烏さんの力の入りようもわかるというもの。大変光栄なことで、ありがとうございました。でも、闇烏さんもSEAL隊員さんも文章はかなり上手いと思いますよ!
なお、本日の日記の内容はすべてフィクションであり、実在する団体、また作家、小説とはいっさい関係はありません。