架線張力管理の重要性

Trolley tension adjuster

本隊掲示板で今回落下した架線を引っぱる錘のご質問があったので、こちらで回答というか思いのままをつらつらと。
電車の窓から架線柱を見ていると、数百mおきに柱にオセロの駒のようなコンクリートの円盤が重なって取り付けられているのが見える。
電車線、いわゆる架線(正確には「かせん」でなく「がせん」と読む)はおおよそ数百m〜1.5kmほどの延長で区切られているが(何百kmもの長さを1本にしてしまったら交換ができなくなってしまうし、そんな長さの鉄線を作ることは無理)、架線がたるんでしまっては、パンタグラフにからみつく危険性があるのは自明の理。
架線とパンタグラフの関係というのは電気鉄道では非常に重要なテーマで、パンタグラフが架線から離れるとそもそもモーターに電気が行かなくなってしまうし、大電流が流れている場合はアークが発生して機器を傷めるほか、回生ブレーキが一般的となっている現代の電車では、離線はイコール回生失効、すなわち電気的ブレーキが効かなくなることを意味する。このため、車体側の対策としては軽量かつ空力特性の優れた追従性の良いシングルアームパンタグラフの採用(その最たるものが新幹線500系用のWPS204形翼型パンタグラフ)が進んだが、一方の地上側での対応として、架線に適正な張力を持たせる工夫が凝らされてきた。
端部を柱などに固定してしまっては、1.5kmの長さでは30度の温度差で40cmにも達する金属の伸縮によるたるみを吸収しきれないため、端部にはテンションを保つために、滑車を通して錘がぶら下げられている。これが今回落下した張力調整装置である。
錘には今回の事故の四角い鉄板と、コンクリートの円盤の2タイプがあるが、どちらかというとコンクリートの方が多いように思う。これが1枚単位で増減できるようになっており、伸びてきたらもう1枚追加とかいうように(もちろん、安全上の限界近くまで伸びたら架線を交換)、細かな重量=テンションの調節ができるようになっているのである。また、会社によっては取り付けられている架線柱に縦に縞縞の色が塗られているものがあるが、これはどれだけ錘が落ちてきた=架線が伸びたかが一目で巡回職員にわかるようにとの工夫である。
テンションは一般的に高い方が良く、また列車の速度が速くなればなるほど高張力が要求されるので、新幹線などではより厳密な張力管理が要求されるほか、架線自体の重量も重くしてより高い張力をかけられるようになっている。しかし、そこまでしても、ある速度域を超えると離線が多くなり、これが動力性能の限界、また日本独自の制約としてのトンネル微気圧波による騒音などと並んで、鉄道の高速化に立ちはだかる大きなハードルとなっているのである。しかし、かつてはこの限界速度域は270km/h前後と言われていたものの、パンタグラフや架線の素材・構造の進歩により、年々その限界領域は上がってきている。

(参考)1990年に515.3km/hの鉄軌道車両による世界速度記録を出したTGV第325編成の試験時、走行区間の架線張力は一般営業線区の数値よりずっと高く設定されていた。

報道の通り、張力調整装置はJR東日本においてはすでに半分ほどが写真のバネ式に置き換わっており、今回のようなトラブルはこのタイプでは起こらないはずである。しかし、バネの経年劣化、金属疲労による破断の可能性はゼロではないと思われ、その時にはあの懐かしのゆーとぴあのコントのように・・・しかし、錘タイプを撮ろうと思ったら、もう意外に残っていないことにびっくり。