インド海軍ミサイル駆逐艦マイソールを見る

INS Mysole D60 in Yokosuka

インド海軍横須賀来航レポート、12日の入港編に続いて、14日に開催された一般公開編です。
今回の来日はインド東部艦隊の極東―太平洋クルーズの途上、親善寄港となったもので、2007年の「日印交流年―日本におけるインド年」の関連イベントでもある。クルーズの目的は各国の親善訪問によるインドとホスト国の友好推進、および共同訓練開催による信頼関係の醸成、乗組員の練度向上、またインド海軍のプレゼンスデモンストレーション。参加艦艇はデリー級ミサイル駆逐艦マイソールINS Mysore D60 、ラージプート級ミサイル駆逐艦ラナINS Rana D52、ランジットINS Ranjit D53、クークリ級コルベット クタール INS Kuthar P46、補給艦ジョッティINS Jyoti A58の5隻で、各艦は3月18日に母港を出港、 今回横須賀に入港せず別行動となった2隻は4月5日に沖縄(ホワイトビーチ)、12日に青島に寄港、その後合流して22日にウラジオストク、この後再び2群に分かれてホーチミン、マニラ、シンガポールに寄港後、5月23日ポート・ブレアに帰港というスケジュールになっている。なお、横須賀に寄港した3隻は16日に横須賀出港後、海自・アメリカ海軍との3軍による初の共同演習も予定されている。

吉倉桟橋Y1に停泊するジョッティ、Y2に停泊するマイソールとクタール。今回の公開は1000〜1130と時間も短いものだったが、0945頃にヴェルニー公園に着いたところ、すでに桟橋に長蛇の列が見えた。ゲートでの手荷物検査はいつもよりも軽いもので、12日とうって変わって抜けるような青空の下、桟橋へ急ぐ。

マイソールは1990年代に建造したプロジェクト15と呼ばれる、現在インド海軍で最新のミサイル駆逐艦、デリー級の2番艦で、現在1番艦デリーINS Delhi D61*1、3番艦ムンバイINS Mumbai D62の3隻が就役している。なかでもマイソールは2002年に行われた海自50周年記念国際観艦式のインド海軍列席艦を勤めるなど、過去の来日歴もあり名の知られた艦。なお、同級は空母・揚陸艦・補給艦を除く水上戦闘艦でインド海軍最大の艦艇である。

ムンバイのマザゴン・ドックで1993年6月4日進水、1999年6月2日就役、満載排水量6,700t、全長163m、主機CODAG(ベルゲン・アンド・ガーデンリーチKVM-18ディーゼル2基・10,000馬力、Zorya Production Association AM-50ガスタービン2基・54,000馬力)、2軸。

ナックルラインもなく、非常に素直な線で構成された艦首。1・2番艦は底部にBharat APSOH (Advanced Panoramic SOnar Hull)と呼ばれるハルマウントソナー(恐らくバウソナー)を装備する。

艦首に翻るインド国旗と、銃を構える警備兵。割とユル〜イ海軍にもかかわらず(一応隣国とは常時戦争状態にはあるが)、艦の各部に恐らく実包を込めたと思われる緊張した面もちの警備が配置されていたのが印象的だった。

21世紀の最新鋭艦にこんな魁偉な造形が!と驚く艦橋構造物。手前に並ぶのはKh-35・SS-N-25対艦ミサイルの4連装キャニスターランチャー、その後方にRBU-6000対潜ロケット爆雷のランチャーが見える。
インド海軍は元は旧宗主国であるイギリスからの供与艦や、英海軍の艦艇をタイプシップとした艦をメインにした陣容だったが、1970年代以降軍事的な結びつき(=ひいては建艦政策)としてはソビエト寄りとなって、前回の日記で書いたラージプート級(ソビエトのカシンII級と同仕様)のようにソビエトの設計・建造によるもの、国産の場合も武器体系は基本的にソビエト・ロシア製となり、本級も基本デザインはロシアのセヴェモイエ設計局が担当、ソブレメンヌイ級をタイプシップとしつつ、1990年代の装備を取り入れた構成となっている。インドは必ずしも西側という線引きもできないが、冷戦時は自由主義陣営の一般人が比較的手軽に見ることができる数少ない東側装備の海軍だった。実際、日本に入港する外国艦で誠に興味深いソビエト製の武装を拝めるのはインドがほとんど唯一の例だった。ミサイル駆逐艦はおろか巡洋艦、潜水艦まで、ロシア艦艇が東京湾や海自の基地にやってくる今日とは隔日の感がある。

ミサイル駆逐艦の飛び道具、NATOコードネームSA-N-7・ガドフライの単装ランチャー、3S-90。ロシア海軍のソブレメンヌイ級ミサイル駆逐艦が最初に装備した射程約30kmのセミアクティブレーダーホーミングミサイルで、地対空ミサイル、SA-11の艦載版にあたる。SA-N-7はロシア制式名9M38M1・ウーラガンで、輸出バージョンはシチューリと称し、射程や性格は若干異なるが、外形はアメリカのスタンダードに酷似しており、この発射機もスタンダードの単装発射機、Mk13に良く似ている。なお、当級の対空ミサイルは9M38・SA-N-7と書かれている資料が圧倒的に多いが、海人社刊「艦載兵器ハンドブック」のように、同ミサイルの改良形で中間誘導に慣性誘導を使用し射程も50kmに伸びた9K40・グフ、NATOコードネームSA-N-12・グリズリーであるとする資料もある。

こちらは3月に退役したミサイル護衛艦「たちかぜ」DDG168の艦尾にあるMk13単装発射機。発射訓練用の模擬弾だがRIM-66スタンダード・SM-2が装填されている。3S-90に酷似しているいることがおわかり頂けると思う。

同じく3S-90ランチャーを前から見たところ。レールの詳細がわかる。当級はこの発射機を前後にダブルエンダー配置としている。

SA-N-7のイルミネータはMR-90 Orekh、NATOコードネーム フロント・ドームで、当艦はこれを片側3基ずつ、計6基搭載する。タイコンデロガ級のSPG-62より2基多いわけで、これをもって一応6発までの同時誘導能力を持つとされる。ただ、イージスは慣性誘導と併用して終末誘導フェイズにおいて1個のイルミネータで2秒程度の照射を行いながら十数発の誘導を同時に行う能力があると言われ、いうまでもないが総合的な能力ではイージス艦に劣る(当たり前だが)。

備砲は前甲板に100mm59口径のAK-100を1門装備する。西側ではまず聞かない口径だが、ヤードポンド法とは無縁のロシアにおいては標準的な仕様。有人砲で発射速度は最大毎分60発、単発打ちもでき、シースキミングミサイルの迎撃にも使えるとされている。

砲身は水冷式で、冷却水のホースが砲身に沿っているのが見える。シールドには扉と、上部にターレットが見え、砲塔内で操作する方式であることが窺える。仰角は85までかけられ、対空射撃も可能なことから、発射速度なども勘案するに、西側のMk42に近い性格の砲であるように思われる。

砲口には「ガンダ・ベルンダ」と呼ばれる双頭の鷲をデザインしたマイソールのクレストがはめこまれている。同艦のモットーはサンスクリット語で「タイッティリヤ ウパニッシャド」、「常に勇敢であれ」。

しかし、さすがインド艦艇、就役7年にもかかわらず、こういう所にフィニッシュの粗さが窺えたりする。もっとも、これは決してインドにとって不名誉なことではなく、自衛艦が世界の艦艇の中で群を抜いて仕上げが綺麗すぎるのである。カナダのハリファクス級とかもひどかったもんなあ・・・

AK-100管制用のレーダーは艦橋上部に設けられたMR-184、NATOコードネーム カイト・スクリーチ。

いかにも強そうなロシア・東側艦艇の外見を演出する最大の小道具は、RBU-6000対潜ロケット爆雷12連装ランチャー。ヘッジホッグやリンボーといった西側の同種兵器はほぼ絶滅してしまったが、東側艦艇ではまだまだ現役である。

各円筒内に直径30cm、長さ1.6mのロケットが収容されている。射程は約6km、そう、モデル名の「6000」は射程距離から来ているのである。

お次は水上打撃力の要、対艦ミサイル。あれれ、これもどこかで見たことあるような・・・

デリー級が装備するのはNATOコードネームSS-N-25・スイッチブレード。射程約130kmのアクティブレーダー誘導/赤外誘導ミサイルで、ロシア制式名はKh-35・ウラン、1994年に実用化した現状でほぼ最新型の対艦ミサイルとなる。が、ソ連/ロシア兵器の常として、西側兵器のコピーの匂いが漂い、当日記をご覧の方なら誰でもすぐにおわかりと思うが、ハープーンに外形・性能とも酷似している。ランチャーもかつてのソ連製ミサイルでは見られなかったキャニスター方式を採用しており、これもハープーンの4連装キャニスター、Mk141にそっくり。ために、このミサイルはお約束の「ハープーンスキー」というあだ名を頂戴している。当級はこの4連装キャニスターランチャー・KT-184を片側2基・8発、両舷で16発装備する。

しかし、このキャニスター、不思議だったのはどこにもアンビリカルケーブルが見あたらず、コネクタはマウントの下の方にあったのだが、キャニスターにそれを受けるプラグが見あたらない。これでは目標諸元の入力も、いや発射すらできないではないか。居合わせた士官の人に質問したのだが、(自分の語学力を棚に上げて)すんごいヒンディー訛りの強い英語で、結局期待した答えは得られなかった。本当、どうやって発射するのだろう。
あと、キャニスターの底部のリム部分に銅板刻印の注意書きがあるのだが、これがなんと英語!いったい誰が、誰に向かって注意しているのだろうかと・・・

こちらは海自護衛艦に装備されたRGM-84ハープーンの4連装発射機、Mk141。写真では筒が3個しか見あたらないが、それぞれが独立しており発射したら筒=キャニスター単位で再装填、というか架台に置くだけの合理設計。特に海自の艦では年度計画中の定数が決められているため、4個フルに積んでいることはあまりない。
いずれにしても、このような使い捨ての筒を甲板上に置くだけというのはいかにもアメリカらしい合理設計で、一見東側艦艇らしいゴテゴテの艦容を持つデリー級も、新世代というか、かつてのソビエト艦艇とは一線を画した存在であることがわかる。

対艦ミサイルの発射管制を行うのはガープン・バルFC(Fire Control)レーダー、NATOコードネーム プランク・シェーブ。艦橋直上、カイト・スクリーチの下にある。

艦橋前部、各装備のレイアウトをもう一回おさらい。

メインマストのトップにある対空捜索レーダー、MR-775 Fregat MAE、NATOコードネーム ハーフ・プレート。ロシア大形水上艦の標準的な3次元対空捜索レーダー、トップ・プレートに形状は酷似しており、近代化改修後のクリヴァクKrivakI級フリゲイトなども装備する。満載排水量6,700tの中形艦用としては同レーダーの2枚背中合わせ構成を半分・片側の1枚にしたので、ハーフなのではと思われる。

ハーフ・プレートの下には、3基のMR-212/201航海レーダーを装備する。

後部マストのトップにはバラトRAWL対水上レーダーを装備する。このレーダーはオランダのフリゲイトなどにも見られるタレス・ネザーランド(旧シグナール)製のLW08で、対空捜索能力も有する。てゆーか、形状からして対空レーダーだと思っていたのだが、複数の資料に水上と書かれていて、今回また例によって適当に軍人さんを捕まえて質問したら、水上だとの答え。なお、上に見える黒いものは SRA-01 IFFバー。下に見えるのはフロント・ドームである。

艦の中央部、第1煙突と後部マストの間(写真の右下)には533mm5連装魚雷発射管が装備されているのだが、1段上のレベルにあるため上甲板からは見えない。後部マスト両脇にあるパラボロイドのレーダーは後述するバラクSAM捜索・追跡/誘導用のEL/M-2221 STGRレーダー。

CIWSはかつてのソ連艦艇では一般的な装備であったAK-630で、後部マスト横の建屋の上に左右各1基を装備する。AK-630は30mm砲を6砲身束ねた構成で、実用化はバルカン・ファランクスよりも10年ほど早い世界最初のCIWSでもある。発射速度は毎分3,000発(写真は隣に停泊しているクタールのもの)。システムの特徴としては、ファランクスのようにレーダーと砲身を一体化せず、捜索・射撃管制レーダーであるMR-123-02、NATOコードネーム バス・ティルトを別の場所に装備するが、本艦と1番艦のデリーは就役後、当初片側2基ずつ、計4基あったAK-630の各1基を撤去、イスラエル製のバラク短距離対空ミサイルに置き換え、その時にレーダーもバス・ティルトから先述のEL/M-2221 STGRに換装した。残ったAK-630もこのレーダーで管制されるものと思われる。

ラク短距離対空ミサイルはレトロフィットが可能な射程約10kmのCIWS的な性格を持った対空ミサイルで、VLSによる垂直発射を前提に設計されているため、本艦もMK41ではないがVLS装備艦となった。片側に1セル8基×2、計32基を装備する。

ラクVLSと、その後部にバス・ティルトに代わって装備されたEL/M-2221。バラクは指令誘導方式につき、このレーダーで目標を直接照射し、ミサイルはそのビームに沿って飛翔する。

後部には2機分の格納庫を持つヘリ甲板を備えており、エリアディフェンスの対空ミサイルダブルエンダー配置といい、満載6,700tの中形艦にしては超重武装となっている。当然、格納庫も大きい。前方には後部の3S-90・SA-N-7ミサイルランチャーが見える。

ヘリ甲板は公開当日はテントが張られ、見学客向けにビスケットと熱いチャイのサービスが行われた。搭載ヘリはウエストランド・シーキングMk.42BとアルーエトIIIの国産形、HALチェタク。今回は2機とも搭載しているようで、公開時間の当初はシャッターを開けて見ることができたようだが、私がヘリ甲板に着いた時にはすでにシャッターは閉められ、中はまったく伺うことはできなかった。

ヘリ甲板最前縁、後部煙突の直後の両舷に装備されている謎の物体。PK-2デコイランチャーシステムのIF-121ランチャーがこの辺にあるというので、これがそうなのかと思われるが・・・

艦尾にはガーデン・リーチ社のモデル15-750VDSを装備する。こちらも3番艦のムンバイはTASSに変更となっているようである。また、ニクシーのような音響囮魚雷?もここから発射する。

今回のホストシップを務めるのはY3に停泊する第1護衛隊の末っ子、いかづちDD107。こちらも一般公開を行っていたが・・・なんか、この写真、私の作品にはありえないほどの青さ!ホワイトビーチで撮ったみたい! しかし、こうやって見比べて頂くと、スプルーアンス級以降合理主義で突っ走り、VLSによって前部甲板からほとんど何もなくなってしまった西側(アメリカ)艦艇との設計思想の相違がよくお分かり頂けると思う。どちらが建造や整備にコストかからないかは言うまでもないと思うし、どちらが未来に近いかはこれまた言うまでもないが、黒船の時代から軍艦はプレゼンスを誇示するもの、強そうな外見も性能のうち・・・訪れた軍オタでない一般見学客に、より強い印象を残すのはどちらだろうか?

以上、マイソール編は終わり。クタール&ジョッティ編に続きます。

*1:1997年1月就役でクラス名にもなっているにもかかわらずハルナンバーではマイソールの次になっている