伊予鉄道坊ちゃん列車のメカニズムPart2

Iyo Railway type D1 diesel lok

客車はいわゆるマッチ箱と呼ばれる2軸車(現代の鉄道車両のように4軸のボギー台車を履くのではなく、客車自体が台車のようになっているリジッドマウントの4輪客車)で、ゴロゴロと今にも脱線しそうな音と(もちろん脱線はしませんよ!)1段リンクの板ばねによる、まるで貨車のような硬い乗り味が味わえる逸品。

前述した大形のハ-31と、2両編成で運用される小形のハ-1・ハ-2の2組がそれぞれD14・D1と組になって運用されている。足回りはローテクではあるのだが、昨今の保安基準に合わせてブレーキは万全の設計となっており、逆にロッドやシリンダの取り回しがちょっとうるさい感じ・・・

ハ-1・ハ-2は1号機と同じく1888年(明治21)年製の伊予鉄道最初の客車であるは1・は2がモデルで、すなわちD1と組むこちらの方がより古い、小説「坊ちゃん」の世界に登場した車両を再現した編成となる。天井は平屋根、照明は白熱灯でもちろん冷房などという無粋なものはないが、木製なのは車内だけで、車体は鋼製。

ハ-31の天井両端にある丸い缶のようなものを見て欲しい。これが先に述べたトロコンたたきなるもので(正式名称ではない)、持ち上げるとビューゲル(ハエ叩きのような形状の路面電車用のパンタグラフ)と同じ形状で架線に接する。この丸いものはそのカウンターウエイトとなっている。ディーゼル機関車で架線からの集電は必要ない坊ちゃん列車に、なぜ集電装置が必要なのか? いやいや、この装置は集電用ではないのです。
東京都電のような1系統だけの行ったり来たりの路線ではなく、複数の路線・系統が分岐して路線網を形作っている会社の場合、分岐点で電車の進行方向を検知してポイントを切り替える必要がある。かつて調密な路線網を誇っていた東京都電をはじめ大都市の路面電車では、大きな交差点の分岐点ではポイント制御塔があって係員が電車の系統表示を見ながら操作していたのだが、現代ではそんな優雅なことは許されず、トロリーコンタクタ(すなわちトロコン)という架線の横にぶら下がった小さな棒をビューゲルが叩くことで検知を行っている。このトロコン、2個がある一定の間隔を置いて分岐点の手前に設置されており、1個目を叩いてすぐ(伊予鉄では10秒以内)に2個目に進めば右、2個目の手前でいったん停止し10秒以上を置いてから2個目に進めば左、というように、これを叩かないと進路を選ぶことができないのだ。従って、坊ちゃん列車では雰囲気を壊さないように、松山市までの盲腸線となっている南堀端の分岐部分のみでこれを上げるようにしており、それを操作するのが助士の役割なのである(5月6日の日記で南堀端を通過中、カウンターウエイトが下がっているのが見える)。なお、ビューゲルやトロコンは進行方向に対してなびくようになっていなければいけないため、当車も両進行方向に向けて2基を装備している(現在では路面電車は両方向に使用可能な変形ビューゲルやパンタグラフを使用するケースがほとんど)。

目立たないが、ここにもこだわりの装備が。連結器はなんとねじ式連結器が採用されている。ヨーロッパでは現在も最新鋭の機関車・客車にも装備されている方式の連結器だが、大正時代に現在見られる拳を開いたような形状の自動連結器に転換してしまった(電車などでは現在はさらに方式の異なる密着連結器を採用)日本では、明治村の保存蒸機というアトラクション的な乗り物を除けばこんにちでは見ることができない珍品。恐らく鉄道事業法軌道法に準拠した営業路線では坊ちゃん列車だけの装備だろう。
車両間で突っ張るバッファと、その下にあるフックにリングを引っかけ、バックルのネジで締め上げて行く連結装置からなる連結器は、実は作業に大変な危険を伴い、かつて日本では死傷者が続出したため自動連結器へと一斉に取り換えられることになった(当時の鉄道院―国鉄―在籍の全車両を1日で交換するという大変な国家事業であった)経緯を持つ連結器だが、現在のヨーロッパでは死傷事故などほとんど起こらず、もちろん坊ちゃん列車も、この位の小形車両では危なげもなく連結・解結を行っている。

いずれにしてもこの連結器、「自動」連結器に比べ作業に手間がかかるのもデメリットのうちで、とにかく小まめに連結・解結を繰り返す坊ちゃん列車には本来適当なものではないが、これも本物感を演出する憎い装備。この他、ブレーキ管と照明電源、非常ボタン&電話回路の引き通しをその度に取り付け・取り外しする必要があり、ワークロードは高い。

坊ちゃん列車の最高機密をお見せしよう。偶然捉えたショットだが、これを公開してしまった私は伊予鉄道保衛部(そんなものあるのか!?)に消されるかも・・・蒸気機関車のはずの坊ちゃん列車に、なぜか軽油を給油中のシーン。ちなみに、機関車はアイドリングストップ励行か、SLの雰囲気を演出するためかはたまた騒音公害防止のためかこまめにエンジンカットを実施していた。始動時はセルを回して「ク〜ルルル、グゥオ〜ン」と妙な雰囲気だが、音の再現にもこだわっており、スピーカーから流すドラフト音や汽笛についても、OBなどかつての蒸機を知る人などに聞いてもらい、オリジナルの音を忠実に復元したのだという。

さて、最後に坊ちゃん列車の最大の見せ所、あっと驚く仕掛けを紹介して、前後編に渡る大作を終えることにする。
車両の両端に運転台があり、どちらの方向にも動ける通常の電車と異なり、機関車牽引列車は常に機関車が前に来て客車を牽引しなければならない(ヨーロッパでは機関車が後ろから押す、いわゆるプッシュプル運転とかペンデルツーク方式とか呼ばれる形態もある これを詳しく解説すると長くなり、また本題から外れてしまうので、また日を改めて紹介しよう 今回は「機関車が客車を引っぱる」のが日本の常識であるということで話を進める)。常に前に来るためには「機回し」といって、両端の駅で複線の配線を利用して機関車を逆方向に付け替えなければならないが、電車と同じで両端に運転台がある電気機関車ディーゼル機関車と違い、蒸気機関車(もちろん、この機関車の正体は前述したようにディーゼル機関車なのだが・・・)はなにせこういう形態をしているため、進む方向が決まっている。というわけで、蒸気機関車には転車台、すなわちターンテーブルがセットで必要になるのである。

またまた留保事項つきで申し訳ないのだが、世の中にはバックの形態で走ることのできる蒸気機関車も存在する。国鉄のローカル線で主に使用されたタンク機関車(炭水車を後ろに連結せず、機関車に石炭と水を積載し1両のみで走行することができる)のC11形やC12形、また炭水車つきのテンダー機関車であるC56形も、バック運転が可能だった。ローカル線の終端駅でいちいちターンテーブルにかける手間を省くための設計だが、坊ちゃん号のオリジナルであるクラウスの蒸機群も、小形のタンク機関車でありバック運転を日常的に行っていたと思われる。
しかし、これでは絵的に美しくなく、観光列車である坊ちゃん列車はやはり常に機関車を前向きに走らせるのを定位としたい、ということで、それならば転車台も用意しなければならないのだが、さすがにそこまでは資金が許さず、用地の問題もあり、ではどうするか・・・

松山市駅に到着した坊ちゃん列車は、まず機関車が客車と切り離されて前に進み、逆方向へ進む渡り線のポイントを行き過ぎた後、バックでこの渡り線に入ると、中央で停止、機関士と助士が前後に取り付いて裾部についているボタンを押すと・・・

なっ、なんと!車体がスーッと浮かび上がった! 車体の中心を軸にして、このように完全に線路から浮いた状態でクルリと回転すると・・・

ソ〜ッと車輪を2本の線路の上に持っていき、これまたソ〜ッと車体が沈んで行く。再び車輪が線路にのって、方向転換完了。すなわちセルフターンテーブルというわけである。

これは車両の中心部に、油圧のジャッキを設けてそれを使用して浮かせているためで、保線車両などには珍しくない装備であるが、もちろん営業車両でこんなことをするのは坊ちゃん列車が唯一の例。このジャッキアップポイントは道後温泉松山市駅に設けられ、そこだけ平らな板が設置されている。もちろん、このようなことをするのは営業路線としては大冒険で、すべて国交省の特認を取っている。何かにつけ文字通りのお役所仕事で、前例のない冒険的な試みにはいい顔をしない国交省も、この坊ちゃん列車の試みにはかなり好意的だったそうである。

機関車の方向転換が終わり、反対線の先頭位置に着いたら、今度は客車を動かさなければならない。大形車両であればこれはもちろん機関車の仕事なのだが、なにせ人力でも動かせるほどのマッチ箱、客車の転線は車掌が押して行う(客車には前も後ろもないのでジャッキで回す作業はない)。しかし、軽いとはいってもそこは1両3〜4tある鉄の塊、渾身の力を必要とするはずだが・・・運転開始当初の様子を紹介する雑誌などでは人力と記述されていたが、私が見たところでは動かす際に何か床下のスイッチを操作しているようにも見え、またその動きも人力とは思えない急加減速であったため、後付でパワーアシストが装備されたのではと思われる。
とにかく、数分おきで電車が発着する忙しい路面電車のこと、モタモタしていると正常運行を阻害してしまう。限られた時間内で乗客の降車→回路の切り離し→連結器の切り離し→機関車の転線→ジャッキアップ・方向転換→客車の転線→連結器の連結→回路の連結→乗車の一連の作業を完了させるには、かなりのキビキビした動きが必要とされるし、実際そうであった。機関車も1両の時はおいおい大丈夫か!?と思うほどの急加速・急ブレーキで、まるでジェットコースターの乗降場のよう。可愛らしい外観で、のどかな明治の世を演出する坊ちゃん列車の舞台裏は、なかなか大変なようである。